ふが、天津国光彦々瓊々杵と言ふ風にも説ける。)かうした神名を表出する宗教的恍惚時の心理は、潜在する印象の錯出するものだから、単純な一方的な理会をしようとすることの方が、却つて不安を誘ふ。
何にせよ、長い伝承の間に、語序が入り乱れて、ひこ[#「ひこ」に傍線]の用語例さへ明らかでなくなつたのだが、此だけは言つてもさし支へがない。
逆語序時代には、ひめたゝら[#「ひめたゝら」に傍線]同様、語頭に来てゐたものが、正語序になつては、語尾に移された。併し尚古典感の極めて固定してゐたものは、語頭に留めておくと共に、正語序時代の方法によつて、今一つ同様な語を、据ゑることになつた。其為に、『ひこひこ(彦々)』の場合の如く、唯古典感を添へるだけのものになつて残るのである。
彦穂は、ひこほ[#「ひこほ」に傍線]と熟してゐる語のやうに普通考へて来てゐる。併し此も、ひこ[#「ひこ」に傍線]とほ[#「ほ」に傍線]とは元は結合してゐたものでない。やはりひこ[#「ひこ」に傍線]は逆序の「ひこ……」であつたのが、後に、たとへば天つひこ[#「天つひこ」に傍線]と言ふ様に正序の考へ方から、上の語について来た。さうした段階を経たものゝ上に、更に正序の「天つひこ」に「ほの……」が接したものと考へねばならぬ様だ。併し「ほ」は支那風に言へば、火徳ある上帝[#「上帝」は太字]と言ふやうな、一種の讃頌の語と考へられ易い。さう考へられるやうになつたのも事実に近いが、元々帝徳を言ふものゝ様に、古代において既に解釈してしまつてゐたやうであるが、恐らくある時代の君主のとてみずむ[#「とてみずむ」に傍線]の標示であつたものと解すべきであらう。動物・植物以外の天体・光線・空気等の族霊《トテム》を持つ部族の首長の類であつたことを見せてゐるものと見る方が適当らしい。即、「ほ」は「火」或は「日光」を標示してゐるのである。
ほの・にゝぎ・ひこ[#「ほの・にゝぎ・ひこ」に傍線]と言つた正序の形が成立しないでしまつたものと見られる。その以前の姿で残つたのが、ひこ[#「ひこ」に傍線]・「ほのにゝぎ」であり、其に尊称語尾を整頓して、「ひこほのにゝぎのみこと」と、正語序時代の語感を満足させてゐるのである。
彦や媛の上にあつた事実が、他にあつても不思議はない。前に出た「ひこなぎさ・たけ・うがやふきあへず」と言ふ名は、「なぎさひこ・うがやふきあへず
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