際、亡き女鳥王《メトリノミコ》の珠を盗みつけた大楯[#(ノ)]連の妻を見つけられたことが語られてゐる。其で見ると、日本紀に、其年から五年目、三十五年夏六月、皇后磐之媛命、筒城[#(ノ)]宮に薨ずとあるのは、古事記の伝へとは、別のところから出てゐるのである。磐之媛のうはなり[#「うはなり」に傍点]ねたみに関した歌は古事記に伝へぬものが、之には記してある。其中、八田皇女を宮中に納れることの同意を求められた時の唱和の歌の中に、「夏むしのひむしの衣二重著て、かくみやたりは、あによくもあらず」と言ふ皇后の御歌は、あり場処の伝へが誤つたのでなからうか。古事記の伝来には、之を失つてゐる、が、このぬりのみ[#「ぬりのみ」に傍線]の家の条に持つて来れば、最適切な感じがする。さうして其上に、今一首、皇后のうちとけて相あひたまふお心をよんだ御歌があれば、完全なのだといふ気がする。ともかく古事記は、明らかに志都歌としての効果のあるべき原因を示してゐるのである。
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序に言ふ。万葉集巻一に、雄略天皇、巻二に磐姫皇后、各御歌を巻頭にすゑ、第二首目からは、遥かに時代離れた飛鳥、近江朝の歌を並べてゐる理由は、歌の伝来に尊い由緒あるものとして、古代宮廷の伝承歌を据ゑたのであらう。歌の徳を、怒りを鎮めることに置いて考へた時代の姿を示してゐるものと思はれる。巻一は男の怒り、巻二は女の怒り――これの鎮りなされた方々の御作と言ふところに、古人の意図が窺はれる。或は、人君としては、まづ怒りを抑へることが、第一であるとした宮廷の理想が、そこにこめてあるらしいのである。
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男性にない怒りとして、嫉み――うはなりねたみ――を女性の怒りとしたのである。
うはなりは後妻とあるが、第二第三と言ふ様に、後に家に入つた夫人である。妾ではない。第一の妻――こなみ[#「こなみ」に傍点]――が嫡妻として、若き妻なる後入妻《ウハナリ》を夫に近づけまいとする行動又は、その感情を言ふ語である。単なる嫉妬ではない。だから、此嫡妻の女性としての怒りは、正当なものと考へられてゐたのだ。
古事記の、日本紀と区別せられる一つの大きな点は、宮廷詩――大歌――の由来を説き、又其によつて歴史を説き証《アカ》さうとしてゐることである。志都歌には自《オノヅカ》ら志都歌としての立ち場があつた。憤りのまゝに宮廷に還られなかつたのでは「志都歌」の呪術的意義を失ふことになるのである。
底本:「折口信夫全集 4」中央公論社
1995(平成7)年5月10日初版発行
初出:「人間 第二巻第一―四号」
1947(昭和22)年1〜4月
※底本の題名の下に書かれている「昭和二十二年一―四月「人間」第二巻第一―四号」はファイル末の「初出」欄に移しました
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2009年8月13日作成
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