古く見れば、宣詞その物が、主神自身の「出自|明《アカ》し」であり、対象たる精霊の種姓を暴露すると謂つた、内容を持つてゐたものなのだ。其形が、次第に寿詞の方へ移つて、宮廷に奉仕する家職の歴史的関係を、奏寿者から説くこと、益《ますます》明細なるに到つたのだ。此が、伝承詞章における、歴史的内容の出発点である。この寿詞の集注せられる所は宮廷だから、宮廷の歴史は、実は、氏々・国々の寿詞の綜合であつた、と言ふことが出来る。或は、国の古代史に、政治的変形の存在を、主張する人がある。古代史が多く、為政者の作為枉曲を含んでゐるとするのである。其を認める人々も尠くはない。けれども事実は、あまり考へな過ぎたもの、と言はねばならない。宮廷自体の歴史的伝承の固有せられたことは、勿論信じられるが、多く常に、旧来附属した他国・他氏の伝承自身に述べる所を纏めて、形づくられて来たものと見るのが、本道なのだ。さすれば、諸国・諸氏に関する宮廷の歴史は、諸国・諸氏自身の、曾ては自ら信じ、自ら伝へて居たものだといふことになる。疑ふべきものがあれば、其出た本国・本氏の伝承の上にあるとせねばならぬ筈である。
さて、のりと[#「のりと」に傍線]――宣詞――は、後によごと[#「よごと」に傍線]要素をもこめて、祝詞《ノリト》と称し、又分れて宣命となつた。其如く、よごと[#「よごと」に傍線]は、物語《モノガタリ》――口立ての歴史――となり、又抒情詩を分出せしめる様になつて行く。寿詞《ヨゴト》を伝承したものは、国々家々を治《シ》つた者の後なる氏々の族長であつた。其由は、日本紀の飛鳥朝になると、明らかになつて来る。寿詞は、宮廷に奏する事を目的としたのだから、低い者の任ぜられぬ理由があつた訣である。処が、其歴史化した方面は、其目的が、国或は氏の神の祭儀に用ゐ、族人に周知せしめる事を目的としたところから、此を伝奏・代唱する、神聖なる職業を、生じることになつた。即、語部《カタリベ》の発生した所以である。
宮廷で言へば、「のりと」を代唱する神人――其資格の上から、神主といふ――を生じて、中臣・斎部の氏人の位置の定まつた様に、家々の歴史的生活の中に、語部職が分化して、国々の歴史詞章の伝承を掌り、氏神の自覚を促し、氏神の教養を高めようとしたものであつた。其が、更に分出した目的がある。其は、自国・自家に残つた、神秘な短章の威力を説く事
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