る。複式なるは、斎場において、群集の異性――群行神としての自覚において、祭時に其村の男性が来臨する形――に向ふもの、単式は、其巫女たる処女の家々に、個々に訪問する神々――なる男――に逢ひ又逢はぬ形で待遇するものである。此処には主として、神婚の第一形式として、複式の物から述べよう。
通例うたがき[#「うたがき」に傍線](歌垣)或は方言的にかゞひ[#「かゞひ」に傍線](※[#「女+櫂のつくり」、第3水準1−15−93]歌会)をづめ[#「をづめ」に傍線]など称せられるもので、市場《イチニハ》――斎場――に集つて、神・巫女対立して、歌の掛合ひすることを条件とする。多く混婚儀礼の義とせられてゐるが、実は、語原は如何ともあれ、歌の掛合ひを意味の中心とするものに相違ない。
こゝに予め、説かねばならぬ一つは、恋愛を意味するこひ[#「こひ」に傍線]なる語である。
こひ[#「こひ」に傍線]は魂乞ひの義であり、而もその乞ひ[#「乞ひ」に傍線]自体が、相手の合意を強ひて、その所有する魂を迎へようとするにあるらしい。玉劔を受領する時の動作に、「乞《コ》ひ度《ワタ》す」と謂つた用語例もある。領巾《ヒレ》・袖をふるのも、霊ごひの為である。又、仮死者の魂を山深く覓め行くのも、こひ[#「こひ」に傍線]である。魂を迎へることがこひ[#「こひ」に傍線]であり、其次第に分化して、男女の間に限られたのが恋ひ[#「恋ひ」に傍線]であると考へてゐる。うたがき[#「うたがき」に傍線]の形式としての魂ごひの歌が、「恋ひ歌」であり、同時に、相聞歌である。
かき[#「かき」に傍線]はかけ[#「かけ」に傍線]と文法上の形として区分ある様に見えるが、実はさして弁別のない時代の形であらう。賭《カ》けのかけ[#「かけ」に傍線]、「掛巻毛《カケマクモ》」などのかく[#「かく」に傍線]である。「かく」「かけ」は、誓占《ウケヒ》の一種で、神の判断に任せる所の問題を、両者の間に横へる――心に念じ、口に出して誓ふ――事である。神自身から与へられた問題を解くか、解かぬかによつて、神の成敗に従ふと言ふのだ。歌の含む問題を解決する事の出来なかつた場合は、屈服することを前提とした争ひである。古代の結婚は、闘争を条件にしてゐた。「つまどひ」の形に見えるかけ[#「かけ」に傍点]が、歌で以てせられると言ふのが、歌垣の古意であらう。

      短歌
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