本文学の、文学らしい匂ひを持つて来るのは、叙事詩が出来てからの事である。其叙事詩は、初めから、単独には現れて来なかつた。邑落に伝つた呪詞の、変化して来たものだつたのである。而もその呪詞は、此|土《くに》に生れ出たものとは、古代においては、考へられては居なかつた。即、古代人の所謂|海阪《ウナザカ》の、彼方にあるとした常世《トコヨ》の国から齎されたもの、と考へたのである。一年或は数年の間に、週期的に時を定めて来る異人――神――の唱へた詞章なのである。其が、此世界――邑落の在る処に伝へ残されたと考へ、その伝襲をくり返してゐる中に、形式も固定に次いで、変化を重ね/\して、遂には、叙事詩らしい形に、傾く様になつたのである。
私はこの呪詞の中に、二つの区画を考へてゐる。一つは、呪詞の固有の形を守るもので、仮りに分ければ、「宣詞」即、第一義における「のりと[#「のりと」に傍点]」である。神又は長上から宣《ノ》り下す詞章である。その詞を受ける者の側に、これに和する詞章が出来るのは、自然な事である。謂はゞ「奏詞」、古語に存する称へを用ゐれば、「よごと[#「よごと」に傍点]」である。而も、文献時代に入つては、早くよごと[#「よごと」に傍線]と言ふ語の用語例が訣らなくなつて了ひ、後世学者は、祝詞の古いものと思ふ様にさへなつて居る。其といふのも、のりと[#「のりと」に傍線]なる名称の範囲が拡がつて、古くは、よごと[#「よごと」に傍線]の領分にあつたものまでも、のりと[#「のりと」に傍線]――祝詞――なる用語例に入れて言ひ表す様になつた為だ。
邑落にとつて、最古く尊重すべき詞章――其を唱へる者自身、同時に神であると信ぜられた所の――が、此様に分化して、のりと[#「のりと」に傍線]とよごと[#「よごと」に傍線]の二つとなつた。さうして、国家意識が進むと共に、宮廷に誓ひ奉らねばならぬ資格の国、及び人が殖えて来る。其詞章の根柢をなすものは、即、主神に対して、精霊の奏した詞章の形式を襲用する形をとつて居るのである。さうして其が又、次第々々に無限とも言へるばかりに増加して行つたのだ。此に対して、のりと[#「のりと」に傍線]を唱へる人格は、主神の資格においてし給ふ、宮廷の主上が当られる事になつて居たのだ。
正確に言へば、宮廷において宣下せられ、或は侍臣の口によつて、諸方に伝達――みこともつ[#「みことも
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