て、此|土《くに》の事情と正反対の形なるものと考へてゐた。其|最《もつとも》著しいのは、我々の祖先が、起原をつくつたと考へてゐる文学そのものが、その祖先自身の時代には、それが悉く空想の彼岸の所産であると、考へられてゐたことであつた。この彼此両岸国土の消息を通じることを役とする者が考へられ、其|齎《もたら》す詞章が、後々、文学となるべき初めのことばなのであつた。週期的に、この国を訪づれることによつて、この世の春を廻らし、更に天地の元《ハジメ》に還す異人、又は其来ること珍《マレ》なるが故に、まれびと[#「まれびと」に傍線]と言はれたものである。異人の齎す詞章が宣せられると共に、その詞章の威力――それに含まれてゐる発言者の霊力の信仰が変形したところの――に依つて、かうした威力を持つものと信じられた為に、長く保持せられ、次第に分化して、結局文学意識を生じるに至つたのだ。
扨《さて》、その異人の住むとせられた彼岸の国は、我々の民族の古語では、すべてとこよ[#「とこよ」に傍線]――常世又は常夜――と称せられてゐた。その常世なる他界は、完全に此土の生活を了へた人々の魂が集中――所謂つまる[#「つまる
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