うした心境を把持し得た者はなかつた。平安の都も末に近づくと、態度としてさうした境涯を自覚し、標榜する者が出て来た。併し仏教知識の影響を受けたもので、万葉に現れた「細み」の正式に伸びたものではなかつたのである。
業平は自然に対して驚くばかり無感激であつた。其叙景の歌とても、宴遊の即景に祝言を託する様なものか、人の意表に出る様な誇張や、言ひ廻しで、興趣の嵐を起して、当座の人の心を捲き込んで行くと言ふ風なものであつた。
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あかなくに、まだきも月のかくるゝか。山の端《ハ》逃げて、入れずもあらなむ(古今集巻十七)
狩り暮し、たなばたつめに 宿借らむ。天の川原にわれは来にけり(古今集巻九)
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などを見ても知れる。拘泥なく歌ひ上げてゐる。さうして其詞を押し出して、一挙に「心」を形づくるのは、機智だけでは出来ぬことである。そこに濫費せられてゐる情熱があるのだ。彼の生時は、其宴遊の歌の、在来の型を破つた新しさ、放胆らしい其調子によつて、騒がれてゐたものであらう。業平の作品の時代的評価は抒情詩以外にも、あつたことを考へに入れて置く必要がある。
何と言つても、業
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