て包容する所広く、神秘観を誘ふことが多かつた。其等の影響も、歌と神仏との神秘関係を、今一度新に考へ直した時代であるから、さうした超描写性の効果に思ひあたる様になつた事情もあらう。
恋歌から出た発想法が、他にも及んで新古今調の主流と考へられたものが成立したのだが、今見ればさう言つた歌はわりに尠く、唯たけ[#「たけ」に傍線]――調子の張つた上に、単調を救ふ曲節のあること――を目安としてゐたことが知れる。
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うつり行く雲に、嵐の声すなり。散るか、まさきの葛城の山(雅経)
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なるほどたけ[#「たけ」に傍線]は同感出来る。だが、其為に「散るかまさきの」の句が確実性を失うた。殊に「散るか」の効果は浮いたものになつてしまうた。おなじたけ[#「たけ」に傍線]のすぐれた物にも
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樗《アフチ》咲く外面《ソトモ》の木かげ 露おちて、五月雨|霽《は》るゝ風わたるなり(忠良)
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かう言つた見事な歌がないではないのに。
新古今時代になつて調子の緊張が問題になつて来たのは、万葉の影響も、多少出て来たのではあるまいか。調子を変化させるのは、新語や歌詞で短歌を改革しようとするよりは内的で、意義がある。けれども、万葉の気魄を再現して新しい生命を短歌に齎《もたら》さうなどゝは、考へても見なかつた。併し、純粋な叙景の歌によい物が散らばつてゐるのは、経信以後の発達とばかりは思はれぬ。西行あたりにも、既に
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よられつる野もせの草の かげろひて、涼しく曇る 夕立の空(新古今)
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の様な趣向もなく、抒情味をも露出しない立派な写生の歌がある。私は、古今に近い傾向の万葉巻八・巻十あたりの四季の歌などが、直接間接に与へた影響を考へに入れないでは、其道筋のわからぬ処がある様に思ふ。
新古今の歌風の中、調子と、叙景態度とには、万葉の影響を無視することは出来ないと思ふ。万葉に対する撰者等の理会の程度すら、幼稚なものではあつたらしいが。ところが尚一つ、全体の上に与へた外の影響が考へられる。新古今当時、其撰者同人等は、連歌又は誹諧歌をも弄んだ。連歌は新しい興味として、可なり喜ばれたらしく、作物も多く残つてゐる。連歌及び後世の誹諧に於て、目につく句法は下句の緊張ぶりである。語句の有機的な活動である。更に附け合ひの不即不離の状態である。かうした影響が、此集の歌人の「たけ」を生み、快く敏い語句の連環、其に加へて、意義の不透徹で、幽かに通ずる感じのある発想を導く様になつたとも言へよう。
畢竟あまりに、高踏的に構へ、唯美主義に溺れた為である。享楽態度を持ち続けて、益《ますます》深みへ這入つたのである。だが、他の方面から見ると、事実此頃、既に動いてゐた短歌の本質完成の時機の近づいて来た事の予想が、才人たちをして、其具体化に焦慮せしめたのであらう。
後鳥羽院は歴代天子の中で、第一流の文学の天分を示して入らつしやる。歌人としては、勿論、第一位に据ゑてよい方である。定家・家隆をはじめ新古今同人の誰よりも、或は優れて居られたかも知れぬ。唯、院|躬《みづか》ら其を知り過ぎて居られた様に見える。其あまりとして院の好みが、多く新古今に現れ過ぎた。此技巧は連歌から習得せられたものが多い様だ。
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見わたせば 山もと霞む水無瀬川。夕は秋と なにおもひけむ(新古今)
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此下句の附け方など、全く連歌である。姿の張りも、語句の利き方も、連歌系統の物が多い。
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思ひいづるをり焚く柴の夕煙。むせぶもうれし、忘れがたみに(新古今)
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此などの緊り方はどうも、連誹趣味である。此呪ふべき技巧に囚はれながらにも、残された作物には、文学として価値のある物が、尠くない。情熱と技巧と相具つた方だが、惜しい事には技巧が勝つた。情熱に任せて作られた様な物に、却つて佳作がある。
良経も院同様、時代の文学態度に呪はれた一人である。良経は豊かな天賦を持つて生れながら、其をまつ直には伸べないで了うた。彼の家集「秋篠月清集」は、拘泥なく歌うた痕が見えておもしろい。彼は、院ほど情熱家ではない。色々な試みもしてゐるが、此集は、わりあひに、創作動機の濃《こま》やかに動いた痕は見えない。可なり安易な気分で辞をつけて居る様な風にさへ見える。さうした時々優美に徹した歌を交へてゐる。「月清集」は謂はゞ、彼の習作集である。
一〇 家集と撰集と
当時の都の歌風から少し遅れた千載集様の歌口を保つてゐたに限らず、実朝が、万葉調をある点まで正しくうつし出したことを土台として、当時の文壇を考へると、万葉集のとり扱ひ方に、時代的の変遷が見られるや
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