き出して来たものすら、高級なものでないのに、かうした作風は空想だから駄目である。
中には、言ひまはし一つで、物珍しく見せかけたものさへある。
良経の早い頃の作
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桜さく比良の山風、吹くまゝに、花になりゆく 志賀の浦なみ(千載集)
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は、宮内卿の「花さそふ比良の山風ふきにけり。こぎゆく舟の跡見ゆるまで(新古今)」と相影響する所があらうが、此は四句と五句との修辞上のかねあひ[#「かねあひ」に傍線]から出る興味で、其が虚象を描く処に、価値が繋つてゐるのだ。新古今にはまだ外に、此風は残つてゐる。
此等から見れば、
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おもかげに花の姿をさきだてゝ、いくへこえきぬ。峯のしら雲(新勅撰)
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俊成の此方は、姿を印象することは尠く、気分に絡みついて行くだけに強い。前者よりは空想分子の多いに拘らず、不安な印象を与へることは尠い。かうした情趣をこめた自然描写が、空想を払ひ去つて、健やかに成長したのが、後の玉葉・風雅の歌の主流である。新古今は早く彼《かの》二集に行く筈であつたのが、逸れたのである。
新古今の当時は、文学の天賦豊かな人が集り過ぎた。雰囲気はあまりに濃厚であつた。表現法・技巧が、互ひに鋭敏に影響しあうた。鑑賞法もどん/\移つて行つた為、歌柄を変へずには居なかつた。内容形式両方面の約束は、圏外の人々をとり残して、速かに展開して行つた。一人の新手法は模倣と言ふにはあまりに早く、他の人々の創作動機に入りこんでゐた。
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春の夜の夢のうきはし、とだえして、峯にわかるゝ横雲の空(定家)
霞立つ末の松山。ほの/″\と、浪にはなるゝ横雲の空(家隆)
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との「……に……るゝ横雲の空」の句は、調子から言へば、一つ物である。必、一方の拍子が、一方の作者の内律を刺戟して、一首全体を纏めるやうにさせたに違ひない。前の宮内卿・良経の作物も、強い印象が即時又は時を隔てゝ、創作動機を衝いた為に、類似の発想法を促したのであることは言へる。語・句から歌の様態までも、人々の間に伝染した。語・句の流行や、意義変化などは、仲間内では、急速なものである。其為に、変態的な発想法が、沢山に出来て、其が直に成長した。「おもかげに」の類の歌に出てゐる執こいまでの抒情気分は、もう一歩進めれば「春の歌」か「恋歌」かの弁《わか》ちがつかなくなる。
一体、叙事詩時代から伝《つたは》つた情景纏綿の発想法は、短歌様式に特殊な気分をつけてゐるものである。其に力添へる者は、枕詞・序歌・懸け詞・縁語・本歌などである。新古今同人の最努めたのは「恋歌」であつたことは、疑ひがない。彼等の最洗練せられた技巧は、其部に見えてゐる。如何にして、語の陰を多く重ね、幻影を匂ひやかにすることが出来るか。どうすれば、気分効果を深め、愛執纏綿の情調を出す事が出来ようか。此が彼等の執意で、実感は顧ることなく、風情に重きを置いた。贈答以外の恋を題材にした、力こめた作物は、大抵閨怨である。俊成以来、短歌製作の為の源氏物語研究などが効果を表したのである。
女流作家の恋歌は、如何にあはれに、如何に世の常ならず焦るゝかを表さうとして、心理解剖に陥つてゐるが、尚自分に即《つ》けて歌うてゐる。併し、新古今の主流のものは、作者はすつかり離れてゐて、歌の上に物語の女の俤をうつし出さうとする、小説作家の態度である。さうした女の心境を外界の風物に絡みあはせて気分的に表さうとする。譬喩と言ふよりは、象徴に近づいたものもある。が、すべて言語の修辞効果を利用して、心と物との間に浮ぶ虚象を融合させようとするのである。其ぴつたり合一せぬ点が、譬喩になつて了はないでゐる。此矛盾から起る気分が、象徴風の効果に近づかせるのである。
九 幽玄体
併し、此所謂幽玄体なる発想法も、新古今集に始まつたことではなく、前代から段々積り積つた結果の整理せられたものである。「恋歌」には、とりわけ内容の複雑なものが、次第に多くなつて来た。余裕ある古風な感情なら、枕詞以下の助けを借りて、一首の中に畳みこんでも置ける。が、おなじ複雑でも当代の尖《トガ》つた生活情調は、さうした修辞法では表されない。其で、女房等の「恋歌」には、直截な表現法をとつたものが多かつた。けれども、内容が多過ぎるのを、技巧を以て三十一音にはめこんだ為、其発想上の曲節はおもしろいが、意義の会得しにくい物もあつた。其等の歌から感じられる暗示的効果は多い。
かうした女房歌から出て、実生活から遠のいた表現だから、出来るだけ言語の影・幻を駆使することになつたことも、一面の事実であらう。尚一つは、平安末になつて、殊に屡《しばしば》行はれた神仏の託宣歌は、半以上理会出来ない物の、却つ
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