唯一の道だつたのである。自己を虚しうして、歌に当つたらしい人であつたのだ。だから、彼の歌には、安住があり、輝いたあきらめがある。
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千載集えらび侍りける時、古き人々の歌を見て、
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行く末は 我をもしのぶ人やあらむ。昔を思ふ心ならひに(新古今)
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さすがに、野心を蔵した歌も盛んに詠じてゐるが、年よつて、段々静かに、平易に詠み出す様になつて行つた。もつと感激が出ねばならぬ所だ。
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如何に言ひ、いかに弔《ト》はむと 思ふ間に、心もつきて、春も暮れにき(玉葉)
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拘泥することなく、つぶさに述べ尽してゐる。併し情熱は失はれてゐる。近世の僧家の歌人などに多い、自在であつて、併し心の拍子の出ない歌の類である。でも、かうした調子を具体化する為に、短歌史上に類例少い長い生涯を文学の為、又此を通して、仏の為に費して来たのであつた。此等の歌は、当時の口語律に近づいて居た物であらう。彼自ら、自讃歌と推した「夕されば」の境地は、此風に野心を交へた概念歌で、上句の外は採れない。調子づき過ぎて、若々しい。
だが、彼の自ら否定した
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おもかげに 花の姿をさき立てゝ、幾重越え来ぬ。峰の白雪(新勅撰)
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は、なる程、俊成の態度から見れば、前期に属するものである。こしらへ物だ。が、印象は明らかに来る。
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夕されば、野べの秋風身に沁みて、うづら鳴くなり。深草の里(千載)
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の方は、印象がうぢや/\[#「うぢや/\」に傍点]してゐる。幽情も、やはらぎも見えない。此が、俊成の第二種の代表的な発想であらう。世間はそれでも「おもかげに」の傾向を愛して、其に傾き寄つた。新古今の歌壇は、此歌などを出発点として、展開を重ねて行つたのに違ひない。
俊成は、鎌倉はじめまでも、歌壇の長老として、残つてゐた。けれども彼の歌の平易は、四句讃歌(梁塵秘抄調)に近づいてゐる間に、若い人々の間には、めざましいと言ふより、目まぐるしい変化が起り続けて居た。

     八 新古今の歌風

新古今集の撰定の幹部等にとつて、先輩となつてゐた人たちは、多くは入道生活をしてゐた。俊成・西行・慈円・寂蓮・寂然――此等の法師や居士の間に漂ひ出るも
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