会の式
三、宴会《ウタゲ》の式
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かうなると思ふ。
たゞ、此間に於て、客が主人になり、主人が客になり、主人か客か訣らぬ様な場合が多い。其は、長い間に於て、其時代々々で、祭りが合理化されて、其に又、種々の説明が加へられて、今日の如くに変化したからである。
ともかくも、大嘗祭は、平安朝に固定して、今日に及んだもの故、神代その儘、そつくりのものとは考へられない。吾々は、其変化のうちに、隠れて居る所を見たいものである。
以上、長々と話しはしたが、極荒筋のものである。今年の十一月に行はれる大嘗祭は、宮内省の方々も緊張して、出来るだけ古の形をとる、といつて居られるから、有り難い大嘗祭を拝める事と思ふ。
大分話が混み入つて、味のない、雑然たるものに終つてしまうた。だが、私の考へは、大体申したつもりである。
底本:「折口信夫全集 3」中央公論社
1995(平成7)年4月10日初版発行
※「昭和三年講演筆記」の記載が底本題名下にあり。
※底本では「訓点送り仮名」と注記されている文字は本文中に小書き右寄せになっています。
入力:高柳典子
校正:多羅尾伴内
2007年7月
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