廷の神は別として、それ以外の地方神は、精霊の成り上りで、天子様よりは、位が下の筈である。だから、天子様から位を授けられるのも、尤な事である。併し、位を授けられてからは、漸次地位が高くなつて来て、遂には天子様と同じ程の位のものにも考へられて来た。其で地方神に申される言葉が、対等の言葉づかひで申される様になつて来た。処が、伊勢の天照大神に対しては、天子様の方が、下位に立たれて居る。だから、天子様が伊勢の大神に申される御言葉は、元来|寿言《ヨゴト》の性質のものである。だが、延喜式では、前者も後者も等しく、祝詞と称して居る。
かうした訣で、祝詞には、今日から見れば、種々の意味があるが、ほんとうは天子様が、高御座で仰せ出されるのが、祝詞である。祝詞の中では、春の初めのが、一番大切である。古くは、大嘗祭の後に、天子様の即位式があつた。昔は、即位式といつて、別にあつた訣ではない。真床襲衾からお出になられて、祝詞を唱へられると、即、春となるのである。
元来、大嘗祭と、即位式と、朝賀の式とは、一続きである。其間に於て、四方拝といふのは、元来は、天子様が高御座から、臣下や神に対して、お言葉を下される事を斥して、言うたのであつたが、後に、支那の道教の考への影響を受けて、天子四方を拝すといふ様になつて了うた。
九
此処で大嘗祭に奏上される寿詞に就て言うて見る。
寿詞とは服従を誓ふ時に、即、自分の守り魂を奉る時に、唱へる言葉である。此は国々に伝はつて居る物語と、同様なものである。後には変化して、宮廷と自分等の氏々、又は、国々との関係の、初めを説く様になつた。其で、宮中に仕へて居る役人等は、自分の職業の本縁・来歴を説く物語を申し上げる。朝廷に直接に、仕へて居る役人のみでなく、地方官・豪族の首長、又、氏々の長なども、地方を又は、氏々を代表して、寿詞を申し上げる。此事は、近世まで、初春の行事に、其儀を留めて居る。一年に二度行はれたらしい様子も、盆の行事に、其名残りが見えて居る。今日民間でも、初春に「おめでたう」といふのは、おめでたく今年一年間いらせられまする様に、といふ寿詞の最大事な部分が、単純化されたものである。此を言ふのが、即、服従を誓ふ所以である。
処が、初代から、朝廷に仕へて来た人々の寿詞と、国々で申し上げる寿詞とは、性質が違うて居る。初代からのものは、自分の職業の神聖なる所以と、来歴とを説くし、国々のは、天子様に服従した来歴・関係を物語るのである。譬へば、天孫降臨の時に、ににぎの[#「ににぎの」に傍線]尊がつれて来られた、五[#(ノ)]伴[#(ノ)]緒の子孫等の申される寿詞は、古いものであるが、朝廷と国々との関係を申し上げる物語は、新しい寿詞である。此寿詞をば、大嘗祭・即位式・元旦此三つの場合に申されるのである。後には、春と大嘗祭との二度、代表者で、間に合せる事になつた。
元旦の朝賀の式に、天子様が祝詞を下される式は、奈良朝には既に、陰に隠れて了うて、群臣が寿詞を申し上げに出る式のみとなつた。此は、物部とか、蘇我とか、大伴とかいふ、高い氏の代表者が出て、申し上げるのであつた。処が、大嘗祭の時には、中臣氏が代表して、寿詞を申し上げるのである。即、自分の家の職業を申し、天寿を祝福して、百官を代表するのである。同時に、諸国の寿詞が奉られるが、此諸国の寿詞の話は、後に言ふ事にして、此処では、中臣の寿詞の話をする。
後世では、大嘗祭の第二日目の辰の日の卯の刻に、中臣[#(ノ)]天神[#(ノ)]寿詞を奏上する。天子様は、此より少しまへに、悠紀殿へ御出御になり、つゞいて皇太子・群臣が着座する。そこへ神祇官の中臣が、榊の枝を笏に取り添へて、南門から這入つて、定座に着いて、寿詞を申し上げる。即位式にも、全く此と同様な事を行ふ。此から見ても、即位式と大嘗祭とは同一であると言へる。
では、中臣[#(ノ)]天神[#(ノ)]寿詞とは何かといふと、全く中臣の寿詞で、天つ神の寿詞ではない。元来、この寿詞は、藤原頼長の台記の中に書きとられたのが、残つたものである。康治元年に、近衛天皇が、即位式を挙げられた時に用ゐられたのを、書きとつたものである。実に、偶然な幸ひであつた。
寿詞の大体の意味は、次の如くである。
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中臣の遠つみ祖である処のあめのこやねの[#「あめのこやねの」に傍線]命、皇御孫尊にお仕へ申してあめのおしくもねの[#「あめのおしくもねの」に傍線]命をして、二上山に登らしめて、其処で、天神にお尋ね申さしめられるには、皇御孫尊に差し上げる御膳の水は、如何致したらよろしうございますか、と申された。すると、天神の教へ諭されるには、其は、人間界の水と、天上の水とを一処にして、差し上げねばならぬ。あめのおしくもねの[#「あめのおしくもねの」に傍線
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