は、民間にもある。本家・中本家・小本家といつた風に分れて居る家では、各の家で、子分を持つて居る。其子分が小本家へ奉つた物を、小本家では中本家へ、中本家では、小本家から奉つたものと、自分の子分の奉つたものとを一処にして、大本家へ差し上げる。此場合には、到来物だから差し上げます、と言うて奉るのである。かうして子方から、次第に、上へ差し上げて行く。すると、献上物としての威力は、其効力を増し、且強くなる。此は信仰上の事実であつた。
上述の様な次第で、神嘗と新嘗とは、大分違つたものである。新嘗は、後にこそ刈り上げ祭り[#「刈り上げ祭り」に傍線]の様になつて居るが、ほんとうは、神の命令に依つて行つた、農事の報告であり、神嘗は、諸国から宮廷へ奉つた稲穂を整理して、更に、伊勢大神宮へ奉る行事である。処が、諸国から奉つた稲の魂を、天子様が更に、上位の神に奉られる行事は、他にもある。即、相嘗祭で、十一月の中の卯の日に行はれる。卯の日が二度しかない時は、上の卯の日に行はれる。新嘗祭よりは、一まはり先の卯の日に行はれるのである。此時は、宮廷から畿内の近辺の大きな社に、稲穂を供へる。此が、相嘗祭である。又、天子様のお血筋や、外戚の陵墓にも奉る。此を荷前《ノサキ》といふ。
約言すると、地方から、宮廷へ奉る処の稲の初穂を、九月に入つて、伊勢へ奉るのを神嘗といひ、其他の神々又は、大きな社に奉るのを相嘗と言ひ、陵墓に奉るのを荷前《ノサキ》と言ふのである。何れも、新嘗祭と前後して行はれたのである。本来は、神に奉るのは相嘗と云ひ、其以下の神で、而も天子様の尊敬する神、又は、天子様の御血つゞきの方に差し上げるのを荷前、と言うたのである。
此等の行事が済んだ後で、新嘗祭が行はれたのだ。新嘗祭は正式には、十二月の中の卯の日に行はれたのである。此処で問題となるのは、卯の日といふ干支を用ゐる事が、果して、古代からあつたかどうか、と言ふ事である。現在知り得る範囲では、日を数へる事よりは、干支を数へる暦法の方が古い、と云へよう。尠くも、支那の古い暦法を伝へた漢人種や、朝鮮人種が、天孫民族と同時に、或はそれ以前に、渡来して居た事は事実である。
新嘗祭其他、すべての行事をするのに、干支に依つて定められる以前は、占ひによつてきめた。此がいつの間にか、干支に依つて、定められるやうになつたのである。かうして日を定めて、十一月の中の卯の日、又は、下の卯の日に、新嘗祭をするのである。此を秋の祭りといふ。
延喜式の祝詞を見ると、大和の龍田の風神祭祝詞がある。此は、五穀の稔る事を祈り、さて稔ると、斯様々々に出来ました、と言うて、秋祭りをして、五穀を奉るのである。此処の秋祭りといふのは、四季でいふ「秋」ではなくて、新嘗祭といふ意味であつて、農事に関係ある語である。処が、相嘗祭は、龍田風神祭の詞の中には、見えては居ないが、古から無かつたとは見られない。中世から、何かの原因で絶えた、と見るべきである。
祝詞の、秋祭りに就て考へて見ても、新嘗、又は相嘗は、今の暦法上の秋ではない。だが、其を秋祭り、と古くから言うて居る処を見ると、秋に就ての考へ方が、昔と今とでは差異があつたのであらう。事実、地方の秋祭りは、早稲の刈り上げ前に行はれるのであつて、晩稲の刈り上げが済んでからやるのは、正式の秋祭りではなくて、其は家々の祭りである。何故、斯うして家々即、地方では、早く秋祭りをするか、と言ふと、朝廷へ奉る荷前《ノサキ》の使と同時に、国々の神の祭りをする為である。朝廷の新嘗祭と前後して、諸国で神に差し上げる。此が秋祭りの始めである。もう一つ、後の理由であるが、稲の花の散つた後が大切だから、やるのである。
此二つの考へが一つになつて、今の秋祭りが行はれるのである。だから、今民間に行はれて居る秋祭りは、ほんとうの秋祭りとしてのものではなくて、寧、家々の祭りと見てよろしい。社の祭りではないのである。新嘗祭と同様なものが、ほんとうの秋祭りである。田舎の秋祭りは、新嘗祭よりも、早く行はれる。新嘗を中心にして考へると、少しく変だが、認容出来ぬ事はない。前に挙げた処の「にほどりの」と言ふ歌にしても、其地方で勝手に、祭りを行うた処から、出来た歌で、宮廷よりは先に、行つた消息が窺はれる。
宮廷の新嘗祭は、日本中の稲の総括りの様なものである。秋祭りには、前述の意味と、もう一つは、冬祭りともいふべき程の意味とがある。さて、秋祭りが、同時に冬祭りに当るのに、どうして冬祭りと言はぬかといへば、其は、秋祭りには、祭りの最古い意味があるが、冬祭りは、少し意味が違つて居るからである。

     五

私の考へでは、一夜の中に、秋祭り・冬祭り・春祭りが、続いて行はれたものであつて、歳の窮《キハマ》つた日の宵の中に、秋祭りが行はれ、夜中に冬祭りが行は
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