主と見てゐた伝承が多い。海の神が、元、海の彼方の常世《トコヨ》の国の神であつた事は、既に、他に述べた事がある。
水を司る方面ばかりから見た海の神は分化して、曠野・山間に村を構へると、川・井・淵などに住む動物の様に思はれて来る。全体としての常世の国のまれびと[#「まれびと」に傍線]は、天から来る神となり、或は忘られて了ふ。中には、山の神と一つになつて了うても居る。山の神は、土地の精霊の代表であつた。まれびと[#「まれびと」に傍線]の咒詞によつて、圧服を強ひられるのは、常に山の神であつた。常世神の代理者として、又地霊の代表者として、表現の入りまじつた咒詞を奏して、同輩の地霊を服せしめようとする様にもなつた。常世から神の来る事の考へられなくなつた時代・地方には、山の神が、まれびと[#「まれびと」に傍線]に似た職掌を持つ様にもなつて行つた。
勿論、此も山の神に扮した村の神人である。宮廷の新室|寿《ホ》きなる大殿祭《オホトノホカヒ》・鎮魂祭・新嘗祭などに来る異装人、又は、京都辺の大社、平野・松尾などの祭りに参加する山人なども、一つ者であつて、山の神人だ。平安時代の者は、官人或は刀禰たちの仮装に過ぎないで、山人自身意義も知らなかつたであらう。が「穴師《アナシ》の山の山人」と神楽歌にも見えた大和宮廷時代から伝承したらしい山人は、大和国の国魂であり、長尾[#(ノ)]市[#(ノ)]宿禰が、祭主即、上座神人に任ぜられたのであつた。此は伊勢の大神が常世の神の性格を備へて居るのに対して、山の神である穴師の神に事へた山の神人即、山人の最初の記録である。
水の神でもあつた常世神の性格を移しとつた、山の神は――大和宮廷の伝承をある点まで拡げて行つてよいとしたら――水の神にもなつた。だから、田の神とも自然考へられる様になる。田植ゑに来るまれびと[#「まれびと」に傍線]は、稍久しく村に止つて、村人の植ゑ残した田を夜は植ゑたりもした。五月の夜の籠り居は、神に逢ふ虞れがあつたからである。
神々は、村の田の植わりきつて、村全体としてのさなぶり[#「さなぶり」に傍線]の饗応《アルジ》を供へられた夜に帰るものと考へられたらしく、稍日長く逗留する事が、秋の刈り上げまで居るものゝ様に思はれて行つたらしい。山の神・田の神はおなじもので、時候によつて、居場処が替るだけだと信じられた地方が多かつた。水神――農村の富みを守つた――海竜は、河童とまでなり下つて了うた。
でも、此をひようすべ[#「ひようすべ」に傍線]と言ふ地方が多く、春山から下り、冬山に入るものとせられてゐるのは、山の神と海の神との職掌混淆の筋合ひを辿つて見れば、難問題でもない。ひようすべ[#「ひようすべ」に傍線]と言ふ名も、穴師|兵主《ヒヤウズ》神に関係するらしく、播州に因達《イタテ》兵主神のあるのは、風土記にある、穴師神人の移動布教によるものらしい。
秋祭りは、農村の大事であるけれど、最古くからあつたものかは疑はしく、山地に這入つてからの発生で、新嘗は冬に這入つてから行はれたものであるらしい。日本の文献で見れば、春祭りが一等古く、夏祭りが最新しい。秋祭りは、古げに見えて、田植ゑ時の神遊びよりも遅れて起つてゐる、と言はれさうである。
七 神嘗祭り
九月上旬までに集まつた諸国の荷前《ノザキ》の初穂は、中旬に、まづ伊勢両宮に進められる。其後、十一月になつてから、近親の陵墓にも初穂が進められ、此と前後して新嘗祭りがとり行はれる。第一は、神嘗祭りであり、第二は荷前《ノザキ》[#(ノ)]使である。
米の初穂を献るのは、長上に服従を誓ふ形式で、我が家・我が身の威霊が、米と共に、相手に移るのを予期してするのであつた。だから、神嘗祭りは、神宮と天子との間を親しくする為であつた。両宮の主神と、人にして神なる斎宮とが、共食せられるのだから、神新嘗の義を以て、神嘗と言うた。陵墓への荷前使も、生きてゐられる尊親に朝覲行幸の礼を致されるのとおなじ意味の誓ひであつた。
かうした神嘗祭りの為の荷前を貢ぐ地方々々では、村・国の神に対しても、中央と等しく初穂を進める風を起し、或は盛んにせずには置かなかつたであらう。だから神の為の新嘗であつたものが、二つに分れて、神ばかりのする新嘗、一族の長で神主たる主人の新穀を喰ひはじめの、神も臨席する新嘗と二通りが出来て、片方又両方共に行ふ風が出来たらしい。
だから、上代の地方の早稲祭りは、わりあひ不自然に発生してゐると言へるやうだ。併し、其風が段々盛んになつて、前者は正式な神社を基礎とした信仰、冬の新嘗なる後者は一家の旧習、と言ふ風に見做されたらしい。神社が神道の中心となるに連れて、秋祭りは、農村の大行事となつて行つた。
九月は斎月《イミヅキ》として、一月・五月同様虔しまねばならぬ月であつた。道教の影響もあらうが
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