禊ぎと其に伴うた神楽から、音楽本位の祭礼の時代に、祭りとして認められる事になつたのであつた。賀茂祭りは、季題を規定するだけの古典的勢力を持つて居ても、祇園会が盛んになるまでは、夏の祭りと言ふ部類を立てる事が出来ず、唯、毎年神の生れ給ふ日として、斎宮の助けによつて産湯を浴びる、と言ふだけのものであつた。一社の特殊神事で、全国に亙る通例祭事ではなかつた。
夏祭りは、六月大祓へと同じ意義のものであつた。其が、春夏の交叉期を畏れる風習に惹かれて、時期が早まつて行つた。都会地方では、祇園囃子の面白い八阪の祭りに次第にかぶれて、秋祭りには疎に、夏の方には力をこめる様になつた。
五 秋祭りと新嘗祭りと
秋の祭りは、田舎の賑ふ時である。だが大体に、刈り上げを待つて行ふ処は数へる位であらう。早稲があがれば、もう祭りは出来るのである。東京などの秋祭りは、夏のが早いだけに、まだ残暑のいらつく間に行うてゐる。大阪などでも、秋の祭りは、閑古鳥が鳴くと謂はれてゐる様に、宮の内外も寂しい。家に居ても、鰺炙く匂ひもせねば、巾著に入れてくれる銭も軽い様である。如何にも骨休みと言つた顔をした家族・雇人が、晴れ著に著換へるはりあひもない様に、ぢつと表の人通りを多いの少いのと噂しあうてゐる。
早稲の作りはじめられた理由の一つには、恐らく此考へはあつたらう。田の豊凶を早く物に顕して見たい。さうして又、海の彼方か、山の奥か、但しは天の原から来る村の守り主のお目にかけねばならなかつた。初春に来てくれ、田植ゑ時にも遥々やつて来て下さつた村の守り主は、稲の出来ばえを見たがつてゐるはずである。此早稲の飯も、やはり贄《ニヘ》である。
贄をたべに神なるまれびと[#「まれびと」に傍線]の来てゐる間は、特定の人の外は、家に居る事が許されなかつた。家族は、皆外に避けて、海河で禊ぎをしてゐる処もあり、ある建て物に集り、籠つたり、簡単にすむ処では、表へ出てゐるだけの作法など、村それ/″\の為来りが、細部では必違うて居た事であらう。奈良朝の東国では、既に伝説化し、劇的な民謡の材料とまで固定してゐたが、やはり、ある部分では行うてゐたらしい伝承がある。早稲の贄を饗応する為の斎《イ》みだから、「贄へ斎み」の義で、にひなめ[#「にひなめ」に傍線]・にふなみ[#「にふなみ」に傍線]・にへなみ[#「にへなみ」に傍線]・にはなひ[#「にはなひ」に傍線]など言うたのである。
其夜は神が一宿して行く。其日家に残つて、幾日来「をとめの生活」に虔んでゐる家の女――主婦である事も、処女である事もあつたであらう――の給仕を受け、添寝をして行つたものと思はれる。此が、一夜夫婦《ヒトヨヅマ》といふ語の正確な用例である。又地方によつては、家の長上なる男があるじ役[#「あるじ役」に傍線]を勤める処も多かつたらしい。又、まれびと[#「まれびと」に傍線]も、大勢の伴神を連れて来る事もあつた。其等の神たちが、座を組んで、酒の廻るに従うて、順番に芸能を演ずる事もあつた。
此日神を請ずる家が「新室《ニヒムロ》」と称へられた。昔から実際新しい建て物を作るのだと考へられて来てゐる。だが、来臨したまれびと[#「まれびと」に傍線]の宣《ノ》り出す咒詞の威力は、旧室《フルムロ》を一挙に若室《ワカムロ》・新殿《ニヒドノ》に変じて了ふのであつた。尠くとも、さう信じてゐた。
大和宮廷などでは、早くから其まれびと[#「まれびと」に傍線]が、神に仮装した村の男神人だと言ふ事を知つてゐた。家々のにひなめ[#「にひなめ」に傍線]には、自分の家より格の上な人をまれびと[#「まれびと」に傍線]として光来を仰ぎ、咒詞を唱へて貰ふ事があつた。さうした時代にも、まれびと[#「まれびと」に傍線]は家あるじに対して、舞ひをした処女或は、接待役に出た家刀自を、一夜づま[#「一夜づま」に傍線]に所望する事も出来たのである。平安朝以後頻りに行はれた上流公家の大饗《ダイキヤウ》も、やはり一階上の先輩を主賓として催された。まれびと[#「まれびと」に傍線]の替りに、寺院の食堂の習慣を移して、尊者《ソンジヤ》と称へてゐた。
六 海の神・山の神
まれびと[#「まれびと」に傍線]が贄のあるじを享けに来るのは、多くは一家の私の祭りであつた様だが、此が村中の祭事として、村人の出こぞつた前で行はれる事もあつたらしい。いづれにしても、此等のまれびと[#「まれびと」に傍線]が神として考へられ、社に祀られる様になると、家祭りが村中に拡がつて来る。さうした社の中には、却つて、さうした稀に臨む神を祀る事を忘れて、土地に常在する邪悪の精霊を斎はうて、まれびと[#「まれびと」に傍線]と混淆したものも多い。其でも、田の精霊・苑《ハタ》の精霊を作物の神と考へた痕は、僅かしかない。田苑に水をくれる海の神を、田苑の守り
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