人間惡の創造
折口信夫

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)始中終《シヨツチユウ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)最|夙《ハヤ》くに

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)きり[#「きり」に傍点]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
(例)つく/″\
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若い頃、よく衆生の恩など言ふ語を教はつたものだが、その用語例に包含させては、ちよつと冷淡過ぎる氣もする。併し誰でも讀んで居り、又その中の何分の一かゞ、ちよつとも讀まないでゐて、而も讀んだ世間から押しよせて來る知識によつて、一體の智慧の水準の高まつてゐると言ふことは珍しく言ふ程のことはない。明治以後さういふ影響を殘した書物を數へ立てれば、きり[#「きり」に傍点]もないが、その十種には入らなくても、最讀まれた五十種位に數へなければならない程、日本人の心にひろがつてゐる「知識の書」がある。こなんどいる[#「こなんどいる」に傍線]のしやあろつく・ほうむず[#「しやあろつく・ほうむず」に傍線]だと言つても、恐らく餘程の頑固人でない限りは、快くうけ入れるだらう。愛讀者の中には、之を「選書十種」の中に入れる人もゐるに違ひない。私などが、ろくすつぽふ[#「ろくすつぽふ」に傍点]讀めぬ力で、僅かの原書を辿つたり、譯書で讀んだほうむず[#「ほうむず」に傍線]は、もう四十年或はもつと前の記憶になつてしまつてゐる。
此頃延原氏本によつて、すつかり忘れてゐた老先輩にめぐり遇つた樣な喜びを與へられてゐる。これに同感を表しておいでの同年輩の方も、多いことゝ考へる。かういふ風に、舊相識の書の復習を樂しんでゐる私には、漠としたものだが、心を掠めるどいる[#「どいる」に傍線]に對する感謝の心がある。
話の口ならし、手品の手ならし見たやうに、始中終《シヨツチユウ》論理演習の枕話《マクラ》をふつてゐる部分は、今見ても、數枚飛ばして讀みたくなるが、此頃になつて、つく/″\感じる部分がある。若い時代に、かう言ふ所はどう讀んでゐたかと反省せずには居られない。話の解決に多く見える行き方である。私ならどう書くだらうと言ふ氣がする。きりすと[#「きりすと」に傍線]教國人である作者が、きりすと[#「きりすと」に傍線]の子と
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