が身に薄《セマ》つて来る。彼は耳もと迄来てゐる凄い沈黙から脱け出ようと唯むやみに音立てゝ笹の中をあるく。
一つの森に出た。確かに見覚えのある森である。この山口にかゝつた時に、おつかなびつくりであるいてゐたのは、此道であつた。けれども山だけが、依然として囲んでゐる。後戻りをするのだと思ひながら行くと、一つの土居に行きあたつた。其について廻ると、柴折門があつた。人懐しさに、無上に這入りたくなつて中に入り込んだ。庭には白い花が一ぱいに咲いてゐる。小菊とも思はれ、茨なんかの花のやうにも見えた。つひ[#「つひ」に傍点]目の前に見える櫛形の窓の処まで、いくら歩いても歩きつかない。半時もあるいたけれど、窓への距離は、もと通りで、後も前も、白い花で埋れて了うた様に見えた。彼は花の上にくづれ伏して、大きい声をあげて泣いた。すると、け近い物音がしたので、ふつと仰むくと、窓は頭の上にあつた。さうして、其中から、くつきりと一つの顔が浮き出てゐた。
身毒の再寝《マタネ》は、肱枕が崩れたので、ふつゝりと覚めた。
床を出て、縁の柱にもたれて、幾度も其顔を浮べて見た。どうも見覚えのある顔である。唯、何時か逢うたことの
前へ 次へ
全23ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング