神道の新しい方向
折口信夫

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)聖何某《セントナニガシ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)あめりか[#「あめりか」に傍線]の

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)われ/\は
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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昭和二十年の夏のことでした。
まさか、終戦のみじめな事実が、日々刻々に近寄つてゐようとは考へもつきませんでしたが、その或日、ふつと或啓示が胸に浮んで来るやうな気持ちがして、愕然と致しました。それは、あめりか[#「あめりか」に傍線]の青年たちがひよつとすると、あのえるされむ[#「えるされむ」に傍線]を回復するためにあれだけの努力を費した、十字軍における彼らの祖先の情熱をもつて、この戦争に努力してゐるのではなからうか、もしさうだつたら、われ/\は、この戦争に勝ち目があるだらうかといふ、静かな反省が起つて来ました。
けれども、静かだとはいふものゝ、われ/\の情熱は、まさにその時烈しく沸つてをりました。しかしわれ/\は、どうしても不安で/\なりませんでした。それは、日本の国に、果してそれだけの宗教的な情熱を持つた若者がゐるだらうかといふ考へでした。
日本の若者たちは、道徳的に優れてゐる生活をしてゐるかも知れないけれども、宗教的の情熱においては、遥かに劣つた生活をしてをりました。それは歯に衣を着せず、自分を庇はなければ、まさにさう言へることです。われ/\の国は、社会的の礼譲などゝいふことは、何よりも欠けてをりました。
それが幾層倍かに拡張せられて現れた、この終戦以後のことで御覧になりましても訣りますやうに、世の中に、礼儀が失はれてゐるとか、礼が欠けてゐるところから起る不規律だとかいふやうなことが、われ/\の身に迫つて来て、われ/\を苦痛にしてゐるのですが、それがみんな宗教的情熱を欠いてゐるところから出てゐる。宗教的な、秩序ある生活をしてゐないから来るのだといふ心持ちがします。心持ちだけではありません。事実それが原因で、かういふ礼譲のない生活を続けてゐる訣です。これはどうしても宗教でなければ、救へません。仏教徒であつたわれ/\の家では、時を定めて寺へ詣る――さういふ生活を繰り返してをりますけれども、もうそれにはすつかり情熱がなくなつてを
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