如くせられた地主神の後と言ふ考へはあつたらうと思はれる。童子が仏法の為に、力役に任ずる奴隷の意味に使はれたところから、殿上人の法会に立ちはたらく時の名を「堂童子《ダウドウジ》」と言うた。童子と言ふのは、寺奴の頭のかつかうから出た称へである。ばらけ髪をわらは[#「わらは」に傍線]と言ひ、髪をはらゝにしてゐる年頃の子どもを、髪の形からわらは[#「わらは」に傍線]と言うたに準じて考へると、寺奴の髪をあげずにばらかして、所謂「大童」と言つた髪なりでゐたからである。柳田国男先生の考へられた「禿《カブロ》」とも「毛房主《ケバウズ》」とも言ふ、得度せぬ半僧生活を営んだ者も、元は寺奴から出たのである。
葛の葉の生んだ子を「童子」「童子丸」と言うたのも、こゝに根拠があり相に見える。
鬼は、仏家の側ばかりで言ふのではなく、社々にもある事である。村里近い外山などに住み残つて居た山人を、我々の祖先は祭りに参加させた。さうして其をも、おに[#「おに」に傍線]と言うたらしい。生蛮人を畏き神と称した例はあるから、神とおに[#「おに」に傍線]との区劃がはつきりすれば、かう言ふ荒ぶる神は、やはり鬼の部に這入つて来る事に
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