ば、大蛇になつて水に飛び入つたなどゝ言ふ類である。
話をはしよる為に申す。私は、大正九年の春の国学院雑誌に「妣《ハヽ》が国へ・常世《トコヨ》へ」と言ふ小論文を書いた。其考へ方は、今からは恥しい程合理式な態度であつた。其翌年かに、鳥居龍蔵博士が「東亜の光」に出された「妣の国」と言ふ論文と、併せて読んで頂く事をお願ひして置いて、前の論文の間違うたところだけを、訂正の積りで書く。
「妣《ハヽ》が国」と言ふ語はすさのをの命[#「すさのをの命」に傍線]といなひの命[#「いなひの命」に傍線]との身の上に絡んで、伝はつて居る。すさのをの命[#「すさのをの命」に傍線]は亡母(即、妣)いざなみの命[#「いざなみの命」に傍線]の居られる根《ネ》の国に憧れて、妣が国に行きたいと泣いたとある。いなひの命[#「いなひの命」に傍線]は熊野の海で難船に遭うて、妣が国へ行くと言うて、海に這入つた。此母は、海祇《ワタツミ》の娘たまより媛[#「たまより媛」に傍線]をさすのは、勿論である。うつかり見れば、其時々の偶発語とも見えよう。併し此は、われ/\の祖先に共通であつた歴史的の哀愁が、語部《カタリベ》の口拍子に乗つて、時久
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