の飛び衣をやらう。飛び衣は高倉の下に匿してある」と無心に謡ふのを聞いて、飛び衣の在りかを悟つて、其を着て上天したと言ふ。
子どもの無心でした事が、親たちを破局に導く点は、此迄挙げた狐の話の全体と通じて居る。太古の団体生活の秘密は、子供に対しては、とりわけ厳重に守らねばならなかつた。成年式を経ない者に、団体生活の第一義を知らせると言ふ事は、漏洩の虞れがあり、又屡さうした苦い経験を積まされてもゐたからである。今一つは、無心な子供に、神意を託宣せられると言ふ信仰である。此二つの結びつきが、此類の伝説の基礎にはあつたらしい。

     七

父と母との間に横たはつてゐる秘密を発く役を、子どもが勤める事に就て、もつと臆測がゝつた考へを、臆面なく述べさせて頂く。よその部落と部落、尠くとも非常に違つた生活条件を持つて居るものと、てん/″\に考へ相うて居る部落どうしの間に、結婚の行はれた時には、事実子どもを無心の間諜と見ねばならぬ場合も、起りがちだつた事と思はれる。
併し一方、夫と妻とが別々に持つ秘密が、子どもの為に調和せられてゆく事もある。此が、社会意識の拡がつて行く、一つの道でもあつた。子どもが発くまでもなく、かうした結婚の、破局に陥らねばならぬ原因は、夫々の話に潜む旧生活の印象が、其を見せてゐる。其は、其母が異族の村から持つて来た、秘密の生活法の上にあつたのである。
沖縄の話の序に、今一つ言ふと、先島(八重山・宮古諸島)辺ではよく、あの一族では何の魚類、此|門中《モンチユウ》では某の獣類と言ふ風に、ある家筋に限つて、喰ふ事の禁ぜられて居る動物が、大抵どの家々にも、一つ宛はある様だ。譬へば、鱶・海亀・鮪・儒艮《ザン》・犬・永良部《エラブ》鰻の様な物に対して、厳重な禁制が保たれて居るのである。さうして其理由を、祖先が其動物に助けられたから、又は祖先其物だから、と言うたりして居る。
祖先を動物とする中著しいのは、八重山人は蝙蝠の子孫、宮古人は黒犬の後裔と称する事である。二つの島人どうし互に、さう言つて悪口をつきあうてゐる。だから此島々では、家々で大事の動物のある上に、島としての疎かならぬ生き物がある訣なのである。
部落を拡げて考へれば島となるが、小さくして見れば、家々であり、一族である。つまり、一族の生活を規定し、或信頼を担うてゐる動物のある事が考へられる。津堅《ツケン》の島(中頭郡)では、島の六月の祭りを「うふあなの拝《ウガン》」と言うて、其頃|恰《あたかも》寄り来る儒艮《ザン》を屠つて、御嶽々々に供へる。其あまりの肉や煮汁は、島の男女がわけ前をうけて喰ふ。島以外の人は、島の中に、儒艮御嶽《ザンオタケ》なる神山があつて、此人魚を祀つてゐると言ふが、島人に聞けばきつと、苦い顔で否定する。さうして昔は、人魚でなく、海亀を使うたと言ふ。併し今こそ儒艮《ザン》が寄らなくなつたので、鱶を代りに用ゐる事にして居るのは事実だが、海亀は現に沢山居るのだから、其来なくなつた代りに使うたものとはうけとれぬ。何にしても、特殊な感情を、此海獣に持つてゐる事だけは明らかである。
又、此島と呼べば聞えさうな辺にある一つの土地では、血縁の深さ浅さを表す語《ことば》に、まじゝゑゝか[#「まじゝゑゝか」に傍線]・ぶつ/″\ゑゝか[#「ぶつ/″\ゑゝか」に傍線]と言ふのがある。ゑゝか[#「ゑゝか」に傍線]は親類、まじゝ[#「まじゝ」に傍線]は赤身、ぶつ/″\[#「ぶつ/″\」に傍線]は白いところ即脂身である。死人の赤身を喰べるのが近い親類で、遠縁の者は、白身を喰ふからだと説明してゐる。
此二つの話に現れた、死人の命を肉親のからだに生かして置かうとする考へと、今一つ、神及び村の人々が共に犠牲を喰ふと言ふ伝承とを結び付けて見て、気のつく事はかうである。
動物祖先を言はぬ津堅の島にも、曾ては儒艮《ザン》に特殊な親しみを持つて居たらしい。其が段々に、一つ先祖から岐れ出て、海獣で先祖の儘の姿で居るといつた骨肉感を抱く様になり、祖先神の祭りに右の人魚を犠牲にして、神と村人との相嘗《アヒナメ》に供へたものであらう。
さう言へば、黒犬の子孫だと悪口せられる宮古島にも、八重山人などに言はせると、犬の御嶽があつて、祖先神として敬うてゐるなどゝ言ふ噂もする。
かうした事実や、考へ方が、当の島々には行はれて居ないかも知れない。だが尠くとも、さうした噂をする、他の島々・地方(ぢかた)の人々の見方には、その由来するところの根が、却つて其人々の心にもあるのである。めい/\の村の古代生活に、引き当てゝ考へてゐるに過ぎないのだ。これを直様、とうてみずむ[#「とうてみずむ」に傍線]のなごりと見なくてもよい。が、話の序に少し、此方面にも、探りだけは入れて置かう。

     八

一体、沖縄の島々は、日本民族の
前へ 次へ
全15ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング