しほたれつゝ」わびしい光陰の過し難さを訴へてやつた人たちが住んでゐた。「愍然想《リンギヨギヤ》つてくれ召《メ》せや」と磯藻の様になづさひ寄る濃い情《ナサケ》に、欠伸を忘れる暇もあつた。幾代の、さうした教養ある流され人の、潮風あたる石塔には、今も香花を絶さぬ血筋が残つてゐる。此静かな目は、海部《アマ》や、寄百姓《ヨリビヤクシヤウ》の心理をつきとめても、出て来るものではないだらう。「島の人生」に人道の憂ひを齎した流人《ルニン》たちは、所在なさと人懐しみと後悔のせつなさ[#「せつなさ」に傍線]とを、まづ深く感じ、此を無為の島人に伝へたであらう。
此島人が信じてゐる最初のやらはれ[#「やらはれ」に傍線]人|百合若《ユリワカ》大臣以来、島の南に向いた崎々には、どの岩も此岩も、思ひ入つた目ににじむ雫で、濡れなかつたのはなからう。都びとには概念であつた「ものゝあはれ」は、沖の小島の人の頭には、実感として生きてゐた。少年の思ひ深げな潤んだ瞳は、物成《モノナリ》のとり立てにせつかれたゞけでは、島の世間に現れようがなかつた。其は憧れに於て恋の如く、うち出したい事に於ては文学を生む心に近づいたものである。

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