様に通り過ぎた一度きりの史実が、其子孫或は其世近く移り住んだ人たちの、次の代あたりからは、もうすつかり忘れられた。さうして、もつとずつと古くから続いた、歴史よりも力強い年中行事だけが、記憶の底にこびりついてゐるのだ。彼等の歴史は、合理的に考へた民間伝承の起原説明だけであつた。あつたことゝ言ふよりは、なかつた事の反覆せられて、あつた以上の力を持つて、ある時代まで生活様式を規定した事のなごりなのであつた。
壱州の民は、対岸の九国・中国から来た者の末が多い事は知れる。今残つてゐる民間伝承の如きも、或は、其々の郷貫から将来したものも勿論あらう。が併し、壱岐の島に最古くから居残つた村々の伝承が、此島に来住した新渡民の間に、ある日常行為の規定を持つて来た事も考へてよい。土地についた物の授受、地名・道路・神精霊の所在からはじめて、特殊様式の上に、存外多くの模倣・継承が行はれた。神に就ての考へ方なども、恐らく、後世あつた如く、海の彼岸から来る神ばかりを信じた民ばかりではなかつたであらう。其が段々、一つの傾向に進んで行つたものである。五島・平戸・天草・山陰・山陽の辺土、北九州の海村、対馬・隠岐に亘る島々
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