アネ》さんの様な、巡航汽船が出てから、もう三時間も経つてゐる。大海《オホウミ》の中にぽつんと産み棄てられた様な様子が「天一柱《アメノヒトツバシラ》」と言ふ島の古名に、如何にもふさはしいといふ聯想と、幽かな感傷とを導いた。
土用過ぎの日の、傾き加減になつてから、波ばかりぎら/\光る、蘆辺浦《アシベウラ》に這入つた。目の醍めた瞬間、ほかにも荷役に寄つた蒸汽があるのかと思うた。それ程、がらにない太い汽笛を響して、前岸の瀬戸の浜へかけて、はしけの客を促して居る。博多から油照りの船路に、乗り倦《アグ》ねた人々は、まだ郷野浦《ガウノウラ》行きの自動車の間には合ふだらうかなどゝ案じながらも、やつぱりおりて行つた。
島にもかうした閑雅が見出されるかと、行かぬ先から壱岐びとに親しみと、豊かな期待を持たせられたのは、先の程まで、私の近くに小半日むっつりと波ばかり眺めて居た少年であつた。福岡大学病院の札のついた薬瓶を持つて居る様だから、多分、投げ出して居た、その繃帯した脚の手術を受けに行つて居たのであらう。膝きりの白飛白《シロガスリ》の筒袖に、ぱんつ[#「ぱんつ」に傍線]の様な物をつけて、腰を瓢箪くびりに皮
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