が徴発せられる公役の船方なのを見ても、漁業は副業として発達したものなのが訣る。だから、浦人から分化した町人全体に、元の形は、蜑だつた姿が見えると言うてよいと思ふ。
二つの町方の町人とても、壱岐の海部の末と言ふことは出来ない。だが、小崎・八幡の蜑よりも古く、住み着いた者の後が、心《シン》になつてゐることは断言出来る。結局、壱岐の海部の占ひは、唯書物の上だけの事になつて了うたのである。書物の上の名高い二つの事がらも、何の痕も残らぬ島の上に、何の関係もない日本武尊を言うたり応神天皇を説いたりするのも、其事蹟に似よりのある伝承が、久しく行はれて居た為、其に固有名詞を附与して、過去の信仰行事の固定か廃絶かした後、歴史的確実性を持たせようとするやうになつて来た為なのだ。村人の知識範囲に在るか、或は、多少歴史的妥当性の感じられる人や物を当てはめたと見る外はない。
壱岐の島でおもしろいことは、こんな小さな島――島の少年が、本土で受けた、此方の海岸から、投げたぼうる[#「ぼうる」に傍線]が彼方の海に落ちるだらう、と言ふ冷かしを無念がつた、と言ふ誇張した話も、此島を漫画化した程度の適切さを感じる小さな島国の中で、一つの系統の民間伝承が、色々な過程を示してゐる事である。ある村では、現に神幸が行はれてゐる。其半里と離れない処では、民譚化を遂げて、神幸の夜に、神に敬礼せなかつた草の、呪はれて、馬さへ喰はぬ藻になつた、と言ふ様な形になつた。其と入り海を隔てた村では、其型で神名だけが替つてゐて、ある家筋の正月行事との関係を説いてゐる。かと思ふと、東岸の村には、又神が入れ替つて、同様な話が伝はり、其一里と隔らぬ西の村には、神が歴史上の人物ではなく、家の祖先に替つて、壱州移住第一夜の事実を、今もとり行ふのだ、と言うてゐる。おなじ海の彼岸から来た神が、名高い番匠となつてゐる。左甚五郎と山姥との争ひの民譚にも似てゐる。
前に述べた原因は、今一つ奥を説かねばならぬ。海から来る神は、建築物を中心として、祝福の呪言を述べるのであつた。其で、建築に与る人が神に仮装して、普請始めなどに出た習慣が出来た。後世、番匠等が玉女壇を設けたり、標立の柱や、大弓矢などを飾つて、儀式を行ふのも、此からである。新室のほかひ[#「新室のほかひ」に傍線]に来た神と神に仮装した後代の番匠との聯絡が忘れられて、飛騨の匠や竹田の番匠など言ふ、建築の名人の名を神に代入したのである。此神がえびす神[#「えびす神」に傍線]になつてゐる中部東岸の村の信仰は、其神の性格と名称との変化を、最自然に伝へたもので、此神に対する京都辺での平安末からの理会でも、えびす神[#「えびす神」に傍線]と言ふ事になつて来てゐる。
かうした変化の色々な段階を見せたのは、村々の伝承が、一つの標準を模倣して来ながら、又村の個性を守り、其為に局部の改造が行はれて行き又、尊重する部分が村によつて違うて来る為、廃続の様子がめい/\変つて来たからである。年中行事なども家々村々によつて、壱岐移住後の変化も、明らかに見られる。触《フレ》が違ひ、村が替ると、細かい約束が非常に違つて来る。
方言などは、其村々の本貫を示してゐる傾向が著しいが、音価の動揺・音勢点の相違・音韻の放恣な離合・発声位置の不同などから、表面非常な相違があつても、実は根元一つと見えるものも多い。単語の相違は固より多いが、此は流人の影響が非常にある。
又、音韻矯正・中央語採用などが、村々別々に行はれてゐる。此も勘定に入れてかゝらねばならぬ。殊に、蜑村の語は、島人にも訣らぬと謂はれてゐるが、単語の相違よりも、発音位置が標準発音とは大変な相違を示してゐる。放恣な離合によつて、音の約脱が盛んに行はれてゐるのである。
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へんぶり<へいぬぶり<はひのぼり(這上り=上框)
くまじん<くまぜむ<くまぢぇもん(熊治右衛門)
まつらげる<まつりあげる(献上)
しまりぶし<しまいぶし<しめぃぶし<しめぐし(標串)
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     七

私は、壱岐の文明に、三つの時を違へて渡来したものゝ、大きな影響を見てゐる。即、第一唱門師、第二盲僧、そして、第三は前に述べた流人である。
唱門師は陰陽師配下の僧形をした者である。其が段々、陰陽師と勝手に名宣り、世間からも、法師陰陽師などゝ言はれる様になつた。唱門師は大寺の奴隷の出身であるが、後には、寺の関係は薄くなつて行つた者もある。陰陽配下の卜部が宮廷神事に関係して、段々斎部の為事を代理する様になつて行つた。此卜部が勢力を持つ様になつて、神事が段々陰陽道化して、区別のつきにくいまで結合して行つた。
卜部がことほぎ[#「ことほぎ」に傍線]を掌つて、斎部のほかひ[#「ほかひ」に傍線]に代るやうになつてからは、淫靡な詞章や演出が殖
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