《ノゾ》きこむ機関室のぼん/\時計は、五時に大分近よつたと言ふまでゞある。少し雲の出て来た様子で、蹄鉄形《カナグツガタ》の入り海の向う側の鼻の続きの漁師《レフシ》村は、まともに日を受けて、かん/\と照らされ出した。此黄いろい草の岡にも、強い横日がさして来た。其山の上へ、白い道がうね/\と登つて行つて居り、ぽつ/\と小さな墓が散らばつて見える。二三个処、旧盆過ぎて、まだなごりの墓飾りがちら/\する。絵巻物のまゝの塔婆の目に入るのも、なほ此海島に続いてゐる、古風にひそやかな生活を思はせ顔である。其阪道を、自転車が一台乗りおろして来た。あの上は台地だと言ふ事が察せられる。此が十分二十分とは言はない間、見上げて居た高台の崖の側面の村の全面に動いた物の、唯一つである。かう思うて来ると、島の社会の幽《カソ》けさに、心のはりつめて来るのが感じられる。
花やかな色で隈どつた船が二艘、大分離れて、碇を卸してゐるのは、烏賊釣りに来てゐる天草の家船《エンベ》だ、と教へてくれた。其は、機関の湯を舷に汲み出して、黒い素肌を流して居る船員の心切ぶりだ。出稼ぎに来て、近海で獲つた魚類は、皆壱州の三つ浦――郷野浦・勝本と此蘆辺――で捌いて、金に換へる。其で、目あての獲物が脇の方へ廻る時分になると、対馬へなり、地方《ヂカタ》へなり行つて、復そこで稼ぐ。壱岐のれふし[#「れふし」に傍線]だつて、やつぱりさうであつた。対馬から朝鮮かけて、漁期には村を出払つて、行つてゐる。土地に始中終《しよつちゆう》居て、近海ばかりをせゝくつて[#「せゝくつて」に傍点]ゐるのは、蜑の村の人たちである。其でも近年は、朝鮮近海へ出て行く者も出来た。
こんな話を聴いてゐる中に、地方行きの荷役をすませ、きまつた時間のありだけ、悠々と息を入れてゐた火夫は、なた豆のきせる[#「きせる」に傍点]をたばこ入れ[#「たばこ入れ」に傍線]に挿んで、立ち上つた。
海鴉と言ふ鳶に似た鳥が、蚊を見る様に飛び違ふ中を、ほと/\と汽鑵の音立てゝ、磯伝ひに、島を南にさがつて行つた。ひやついて来たのは、風が少し出たのである。船の大分横ぶれ[#「ぶれ」に傍点]し出したのは、波が立つて来たのである。今晩あたりは一荒《ヒトア》れ来るかなあなどゝ、まだ船に残つてゐた客は、あがる支度を整へて、甲板へ出て来て、噂しあうた。
島の東岸、箱崎・筒|城《キ》の磯には、黒い
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