。更にその女性が逃げて行つて、普天間の岩穴に入つてしまつた。その乳母は、自分が仕へてをつた娘が逃げて行つたその後を追ひ掛けて行くと、道の草が、娘の神秘な威力に押されて、皆伏してをつたのですけれども、たつた一種類の草だけが頭をあげて上を向いてをつた。乳母が怒つて、その草を踏みつけた。そのために今でも沖縄では、その芝だけが踏みにじられたやうな形になつてゐる。平草《ヒラクサ》といふ草です。さういふことを普天間権現の由来として伝へてをります。かういふ風に沖縄の伝説を例にとつたのは、つまり、処女は神聖な生活をして、絶対に男を避けるものだといふ説明にぴつたりかなふからです。ところが日本の女性、――少くとも昔の人の考へてをつた日本の女は、それ以外にまだ目的をもつて、この世に現はれて来たやうに思はれる。例へば竹取のかぐや姫のやうに、何のためにこの土地に出て来たのか訣らぬ女性が相当に沢山あります。この世界を騒がせに来たやうなものです。かぐや姫は幸福だからいゝけれども、かぐや姫よりもつと不幸な女性の話は、丹後風土記に出てをります。即、比治山真名井といふ所に降りた天津処女の話はあはれです。その山の下にをつた翁夫婦が、羽衣を隠し、其を悲しんでゐる娘を自分の家へつれて来て養つた。酒を造らせればうまく造るし、機物も巧に織る。所が女の力で家が富んで、必要がなくなると天女を追ひ出してしまふのです。それで天女は怒つて、家を出て道を歩いて奈具といふ所に行つた時に、「わが心なぐしくなりぬ」といつたのが、奈具の社の名の由来だといふことになつてをります。名高い話ですが、この話も、その天女が転生して、とようかのめの[#「とようかのめの」に傍点]神になつたと伝へてゐる。豊宇賀能売神といふのは外宮の神様と、非常に性格の通つた所のある神です。つまり、神名が似てゐるのは、神の性質が近似してゐるのだし、それと同時に名前が一寸違つてゐても性格の上に細かな相違のあることを示してゐるのだ。酒の神です。これには間に飛躍がありまして、天女が死んで、それが神になつたといふ訣なんです。それを、死んだといふ手順だけ外してしまつたのか、強ひて忘却を装うたのか、さういふ風な形で伝へてゐるわけです。かぐや姫の話も偶然、竹取の翁といふ者が正直で、いゝ心を持つた人ですから、あんなに幸福に天に昇つて行きましたけれど、さうでなかつたら同じ運命に落入
前へ
次へ
全15ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング