説くのはよいであらうか。旅行者の魂の一部が、家に残つてゐるために、還つて来ても、留つた魂と触りて、其処に安住することが出来るのであつた。留守の妻其他の女性も、自身の魂の一部を自由に、旅行者につけてやる事が出来た。これが万葉に数知れずある、旅行者の「妹が結びし紐」と言ふ慣用句の元である。下の紐を結んだ別れの朝の記憶を言ふのでなく、行路の為の魂結びの紐の緒の事を言うたのであつた。着物の下|交《ガヒ》を結ぶ平安朝以後の歌枕と、筋道は一つだ。下交を結ぶのは、他人の魂を自分に留めて置くのである。其が、呪術に変つて行つたものであらう。皆、生御魂《イキミタマ》の分割を信じて居たから起つた民間伝承であつた。恰も、沖縄の女兄弟が妹神《ウナイガミ》即巫女の資格に於て、自らの生御魂を髪の毛に托して、男兄弟に分け与へ、旅の守りとさせたのと同じである。
旅行者の生御魂を、牀なり畳なり、其常用の座席に祀つたのである。それが一転して、伊勢参宮した家の表に高く祭壇を設けた、近世の東国風の門祭になつたのだ。此亦、生御魂の祀りと言ふ意味から、旅行者の魂の還りのめど[#「めど」に傍点]にすると言ふ方へ傾いて来て居る。死者の
前へ 次へ
全25ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング