之を外にしては、大体において、山部と称へてよい種類の、山の聖水によつてする禊ぎを勧める者が多く游行した様に思はれる。
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まきもくの 穴師の山の山びとと 人も見るかに、山かづらせよ
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穴師《アナシ》神人の漂遊宣教は、播磨風土記によつて知られるが、同時に此詞章が、神楽歌|採物《トリモノ》「蘰《カツラ》」のものである事を思ふと、様々な事を考へさせられる。山人が旅をする事の外に、近い里の祭儀に参加したのである。さうして祝福の詞を述べた事が屡あつた。此は、奈良都以前から行はれて居た事で、更に持ち越して、平安朝においてすら、尚大社々々の祭りに、山人の来ること、日吉・松[#(ノ)]尾・大原野の如き、皆其であつた。
海部と言ひ、山人と言ひ、小曲を謡ふやうになつたと言ふ事は、同時に元《はじめ》長い詞章のあつた事を示してゐるとも言へる。呪詞又は叙事詩に替るに、其一部として発生した短歌が用ゐられることになつたので、之を謡ふことが、長章を唱へるのと同等の効果あるものと考へられたのである。だが同時に、小曲の説明として、長章が諷唱せられる事があるやうになつた。即順序は、正に逆である。かう言ふ場合に、之を呼んで「歌《ウタ》の本《モト》」と称してゐた。歌の本辞《ホンジ》(もとつごと)言ひ換へれば、歌物語《ウタモノガタリ》の古形であつて、また必しも歌の為のみに有するものと考へられて居なかつた時代の形なのだ。
古く溯る程、歌よりも、その本辞たる叙事詩或は、呪詞の用ゐられることが、原則的に行はれてゐた。歌の行はれる様になると、同時に「諺」が唱へられたらしい。「諺」は、半意識状態に人の心を導く一種の謎の様な表現を古くから持つたもので、同時にある諷諭・口堅めの信仰を含んでゐるものでもあつた。簡単な対句《ツヰク》的な形式の中に、古代人としての深い知識を含んでゐるものでもあつた。だから、諺に対しては、ある解説を要する場合が多く、其解説者としての宿老《トネ》が、何処にも居つたのである。其で諺については、どうしても説話が発達しないでは居なかつた。歌と呪詞・叙事詩との関係を、寧逆にしたのが諺の場合である。所謂歌から生じた後の歌物語なるものは、諺とその説話との関係を見倣つて進んで来たのだと言ふことが出来る。諺の最《もつとも》諺らしい表現をせられる時は、即「謎《ナゾ》」に近づいて来る。と言ふより、謎は此から出たと言ふのが、正しいであらう。懸け合ひすることを、祭祀の儀礼の重要な部分とするのが、古代の習慣であつた。神及び精霊の間に、互に相手方の唱和を阻止する様な技巧が積まれて来てゐた。即応する事が出来ねば負けとなる訣である。元来は真の頓才《ヰツト》による問答であつたらうが、次第に固定して双方ともにきまつたものをくり返す様になつた事である。唯、僅かづゝの当意即妙式な変化と、順序の飛躍とがあつたに過ぎないであらう。
歌物語においては、如何にも真実らしく感じる所から、自然悲劇的な内容を持つものが多くなつて行くが、諺物語においては、次第に周知の伝承を避け、而も意表に出るを努める所から、嘘話としての効果をねらふ様になり、喜劇的な不安な結末を作る方に傾くのである。

      早歌《ハヤウタ》

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(いづれぞや。とうどまり。彼崎越えて)
本」何処だい。行き止りは。末」そんなこつちや駄目だ。あの崎越えてまだ/\。
(み山の小黒葛。くれ/\。小黒葛)
本」山のつゞらで言へば、末」もつと繰れ/\。山の小つゞら。
(鷺の頸とろむと。いとはた長ううて)
本」鷺の首をしめようとすると。末」ところが又むやみに長くつて
(あかゞり踏むな。後なる子。我も目はあり。先なる子)
本」踵のあかぎれを踏んでは困る。うしろの人間よ。末」言ふな。おれだつて、目がついてるぞ。先に行く奴め。
(舎人こそう。しりこそう。われもこそう。しりこそう)
本」若い衆来い。ついて来い。末」手前も来い。ついて来い。
(あちの山。せ山。せ山のあちのせ)
本」向うの山だから、其で背山だ。末」背山でさうして、向うのせ山。
(近衛のみかどに、巾子《コジ》おといつ。髪の根のなければ)
本」陽明門の前で、冠の巾子をぽろりと落した。末」為方がないぢやないか。髪のもとゞりがないから。
(をみな子の才《ザエ》は、霜月・師走のかいこぼち)
本」そんなら問はう。婦人の六芸に達したと言ふのは。末」十一、十二月に、少々降る雨雪で、役にも立たぬ。
(あふりどや。ひはりど。ひはりどや、あふり戸)
本」ばた/\開く戸。(其も困るが)つつぱつてあかぬ 末」(此奴も困り者だ)。つつぱり戸に、ばた/″\戸。
(ゆすりあげよ。そゝりあげ。そゝりあげよ。ゆすりあげ)
本」戸ならばゆすつてあげろ。しやくつてあげろ。
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