つた。其に、度を越した趣味の広さが、こんな点にばかり、渋滞させてゐなかつたからである。でも、文学史上のあの時代の事情から見ると、院の行くべき歌風は、茲《ここ》にあつたのだと思はれる。
後鳥羽院の性格と時代の好みとは、院の努力と執著とで新古今までは、引きづり揚げられて来た。併し、玉葉集に達するまでに、時代は背いて了つた。其は承久の事変があつた為ばかりではない。後鳥羽院御一人の為事として、静かに個性を貫いて行かれたら、行きついたはずのものであつたのに、あまりに道伴れが多きに過ぎたのである。後鳥羽院御自身すらも、自ら拍子をとつた声の波のてに溺れて、あらぬ方へ/\と抜き手をきつて居られた。さうして、ひよつと首を擡げた処に、偶然あつた新しい島に上つたかと見る中、再、復《また》波を潜かれた。
文学朋党が、一人の為に率ゐられてゐる時は、常に、正しい道を失ふ。後鳥羽院は盟主として、その朋党の間に※[#「酉+榲のつくり」、第3水準1−92−88]釀《うんぢやう》せられた潮流に、第一義の素質的創作動機を落された。さうして、第二義以下の趣味や、一時的な興奮を、逐ひ続けてゐられたのである。さうして、其盲動から
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