け[#「たけ」に傍線]を高める事に努めて居た。「細み」を出す西行風の人があつても、僧侶の歌を見る態度で鑑賞したから、内容のわびしさ[#「わびしさ」に傍線]だけが訣つて、其しらべ[#「しらべ」に傍線]は寺家流の平俗体と感ぜられたであらう。感傷性でなかつた院は、西行のわびしさ[#「わびしさ」に傍線]からすら、えん[#「えん」に傍線]な味ひをのみ吸収せられたらしいのである。
院の好みは、歌合せ・連歌・誹諧以外の芸術・遊戯にも広かつた。白拍子の舞は勿論、唄も嗜まれて、白拍子合せすら行はしめられた。今様は王朝末に外典凝りの公家の間に、朗詠に替るはいから[#「はいから」に傍線]な新様式・新内容の文学として行はれ出したが、此も謡ふ白拍子たちの今様詞曲の固定や、新しく起つた宴曲其他の為に圧せられて、里から再、寺へ戻つた。作歌者も、僧侶階級に止るやうになつた。まだ此頃は、前代のなごりで、文学として行はれたことは、前にも述べた。此文学を通じて、讃歌の味ひも這入つて居る。寺家の講式・説経などの節まはしや、内容も影響して、歌枕の制約などは蹶飛ばして、叙事的の態度も、歌の上には出されて来た。此芸謡調は、院の御製
前へ 次へ
全76ページ中60ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング