ら出た儒学者の中にも、歌の方へ方向を転じる者も出来て来た。顕輔系統と俊頼系統との外に、尚幾流も、さうした半成立の歌学伝統が出来かけて、一二代で、伝統を失ふ者もあつた。大体に、顕輔統には、歌学・歌論が多く、俊頼統には、尠かつた。
俊成は、顕輔伝統に養はれて居た間に、其に通じて了うたのであらう。基俊の学殖と、古態の歌と、俊頼の今様の詠み口を併せて、更に其他の諸家の主張や、伝承を吸ひ込んだ。其上、古今・伊勢・日記・家集などを研究した。大成家であり、伝統の綜合者でもあつた。其作物を見ても、ある物は寧、平水付した様に見え、諸派の味ひを兼ねて居る様であり、ある物は、個々の流義に傾いてゐる様に見える。古態・新態・変態・漢様・寺家様・至上風・女房風・殿上風・地下風と変化自在に見える。
だが、この人の素質にぴつたりしてゐるらしい歌風は、女房風のものらしい。俊成の若盛りから女房風は、纏綿連環のしらべ[#「しらべ」に傍線]を著しく見せて来た。小股すくひ[#「小股すくひ」に傍線]や、人ぢらし[#「人ぢらし」に傍線]ははやらず、心くらべ[#「心くらべ」に傍線]の形になつて来た。物語歌と地の文との関係に創作動機の
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