べきものであつた。形式及び、言語の制約、聯想上の特別な約束、さうした物の出来かけた時代であつた。而も国文学・国語学としての研究に、学問でなく知識としての臆説が学者及び歌道伝統家の間にのみ伝つて居た。世間は、其を知らないのが普通であつた。御歌会・歌合せの判者・講師としての位置に居る伝統者・学者の説によつて、誤りない用法に指導せられるだけであつた。だから、地下や五位級の召人にして、宮廷の御歌会・歌合せに稀に出る事の出来た衛府や、内外の判官級の官吏の歌の地下ぶり・鄙ぶりは想像出来る。歌としての風格や、発想法の異色・題材の新鮮な点は、堂上歌人の舌を捲かせる。而も、其用語の誤用・禁忌・歌病に触れる事によつて、僅かに嫉妬心を冷笑に換へさせた。寺家の歌の治外法権式の位置を占めたのとは別であつた。作家と学者とは一致せねばならなかつた。
曾丹と言はれたのは、学者・詩人階級から出た曾丹後《ソウタンゴ》が、渾名化して更に略称せられたものに違ひない。曾丹後には、漢詩の教養が多少あつたに違ひない。其から出た観察点に至つて、図案化態度に換へるに、感覚的に、或は即興的に、詠み捲いた。故事や、様式上の考案も、意識的に
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