んじた。遂に物我の混淆・擾乱の中に、官能の病的な複雑さを言語の錯覚から感じさせようとした。此点、新感覚派には近い。音律と題材との美によつて、整頓しようとしてゐたが、其もだめ[#「だめ」に傍点]であつた。唯近代的な感覚を基調として、美しいものと信じた自然現象に、人間生活を合体させようとした。さうする事が生活を美化する手段だとした。明らかな意識の下に動いたのではないとして、さうした態度は帰納してよい。
古今集風の弊は、ある意味では、醇化もせられ、強調もせられた。だが、すべてを、言語の音覚と排列とによつて決しようとした形式偏重主義は、日本文学の成立以来久しい歴史を経てゐるが、実感をしらべ[#「しらべ」に傍線]に寓して内容が直に形式になるやうに努めないのが悪かつた。形式から内容を引き出さうとした結果、病的な近代主義を発揮する様になつた。古今集の寛けさから脱出して、強さ・鋭さ・粘り強さを形式から出さうとした。深さに似たものも、わからぬ歌には出て来てゐる。併《しか》し、内容の形式化した強さでなかつたから、華美・はいから[#「はいから」に傍線]と言ふべき感覚の強さと、文学者として発達した鋭さは、近代
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