家筋の公家は、其が官吏化したもの――も、古代には、邑落や、民団の主長としての――神となれる――資格を持つた。其に伴つて、氏族の巫女を使うて、さうした用をさせてゐた事は察せられる。「宣旨」と言ふ女房名の、広く公家にも行はれたのは、此因縁である。手続きの簡単な宣が、文書の形を採つたのは、公式の宣命・詔旨などの様式の整備せられたのに連れて、起つた事らしい。
此が、平安の女房中心の宮廷文学を生む、本筋の原因でもあつた。今は此以上、女房の文学・仮名記録を説いてゐる事は出来ない。唯、其相聞贈答の短歌を中心に、多少律文学の歴史に言ひ及すことは、免《ゆる》されて居る、と思うてもよさ相である。其に、当面の問題なる女房の「歌合せ」に絡んだ点を言ふ事は、勿論許されてゐることにしておきたい。
宮廷の女房は、主上仰せ出しの文章を、筆録して伝達することが、伝来の役儀である。さすれば、御製の詞章は女房が筆録し、ある人々に諷誦して聞かせ、後々は段々、整理保存する様になつた事は、考へてさし支へはない。主上の作物ながら、女房の手で発表せられるのだから、仮り名として、無名の女房を装はれる様になるのは、自然な道筋である。

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