「めど」に傍点]に据ゑて居たのであらう。此若い貴人の生れた頃から、さうした生活様式が、世間に認められて来かゝつたのである。
王朝末には、仏徒自身の生活態度が省みられ出した。大寺院は一つの家庭で、在家と等しい、騒しい日夕を送らねばならない。心深い修道者は家を捨てゝ這入つた寺を、再、捐《す》てなければ、道心は遂げられなかつた。出家の後、寺には入らず、静かな小屋に、僅かな調度を置いて、簡素な生活を営む。庵に居る時は、仏徒としての制約によつて居るが、世間風の興味も棄てるに及ばぬ自由を持つて居た。才芸に関する事は、禁欲の箇条に触れない。楽器・絵巻などさへ、持ちこんで居た。里や都に出れば、権門勢家に出入りしては、活計の立つ位の補給を受け、主として文芸方面の顧問としての用を足したのであつた。王朝末期には段々、女房の才能が平安朝に成立した其職分を果すには堪へぬ様になつて来て、女房のした為事は、段々其等隠者の方へ移つて行つた。此が、武家初期・中期(室町以前)から後期の初めに亘つての隠者の文学と、変態な生活法とを作つて行つたのだ。
かうした修道生活の徒の存在が明らかになつたのと、連歌復活とは、時を一つにして居た。だから女房の文学と、隠者の文学との交替を、時のめど[#「めど」に傍点]として、時代をくぎつてもよいのである。庵室に住んでゐるのが、隠者についての先入主だが、此時代の隠者には、まるきり僧侶の制約に従うて、唯定住する所を持たぬを主義とする、雲水行脚の法師も籠めねばならぬ。其上、かうした階級の発生点になる人々の事も考へねばならぬ。身分は、公卿の末座、殿上人の上席などに居た者で、文芸・学問・格式などの実務に長く勤めた経験家が、其である。此は、歌会・歌合せには、古く五位の文官・武官などの歌詠みと聞えた者の、召される習はしがあつた為である。さうした人の一家をなした後を承けた子孫にも、この部類の人があつた。さうした文芸・学問・格式などに通じた、謂はゞ故実家に過ぎない人は、老後、法体して隠居しても、家を離れないで、俗生活をしてゐる。さう言ふ文芸的故実家の伝統は、存外早く現れないで、王朝も末一世紀半の中頃から、目について来るが、此までの歌論家・歌学者は、大抵、公卿の中位以上の人であつたが、文芸を愛好する階級も段々下つて行つた此頃になると、さうした故実家は、公卿の末席か、其以下のものに多くなつて行つた。権門に出入りして、私に親方・子方に似た関係を結ぶ風が、盛んになつて行つた。
題材や格調の新しい刺戟が、詩歌合せから歌合せに来た。わが文学評論の初歩と見る可き歌学・歌論は、歌合せの席上から生れたのである。新しい歌合せは、歌評から見ても、前代の歌学書・歌論書よりは、用語も、態度も、論理も、鑑賞も、文学的になつてゐる。前代の歌合せの左右講師になる人は、歌の学問・故事を知らねばならぬのだから、講師に択ばれる様な人は、段々師範家と云ふ形をとる。さうして其が、判者となり、勅撰集の選者たる地位を得る。名高い歌人は、文学者と云ふより、歌学の伝統を守る者、と云ふ方がよい位だ。其最後に出て、歌学の伝統をあら方集大成したのは、藤原俊成である。此人の態度は、即新古今集の中心となつた歌人らの主義と見てよいであらう。俊成は、神秘主義に煩はされてゐるが、芸術報恩説に達したのは、一途であつてうや/\しい性格と文学に持つ愛執の深さからである。
鴨長明のやうな半僧生活の修道者もあれば、又、西行の如き法師も含つてゐる隠者階級には、かうした堂上の故実伝統者も数へねばならぬ。此流の者は、皇族を大檀那とする事によつて歌道の正統なる事を示し、中央地方の武家階級の信用を固めて、利福を獲ようとするまでになつた。定家が既にさうであり、其子孫皆、其方便に従うた。あちこちの権門をたのんだのが、かう言ふ意義から二流の皇統に岐《わか》れて奉仕した。新古今時代には、一時、伝統のまゝそつとして措いて、各流から超越した態度を示した。此も、新古今集の批判に忘れてはならぬ、極めてよい態度である。後鳥羽院の個性を、おし貫かれた結果である。
歌道の故実家伝統の間から抜け出して、新しい暗示をば具象化しようとした俊成の代表作物は、実は彼自身の感じた、正しい未来の文学其物ではなかつた。新古今の歌人たちも、俊成風の正しい成長と思うて居たであらうが、此|亦《また》逸れて外核ばかりを強く握りしめたに過ぎない。長明・西行・俊成を三つの隠者の型に、其が由来する所を説いた。此後続いた隠者の外的条件は、鴨長明がしたと信ぜられてゐる、第一の様式である。こゝに言ふ武家初期と、中期全体、それに末期|即《すなはち》江戸のさしかゝりまでは、かうした隠者が文学の本流になつて居るのである。
此時代に進むと、隠者の存在は、必然の意義を社会に持つものと見えて来る。俊成な
前へ 次へ
全19ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング