くからの事と思はれる。
私は此を、遠処の神の、時を定めて、邑落の生活を見舞うた古代の神事の神群行の形式が残つて、演劇にも、叙事詩にも、旅行者の風姿をうつす風が固定したものと考へて居る。記・紀の歌謡を見ても、道行きぶりの文章の極めて多いのは、神事に絡んで発達した為で、人間の時代を語る物も、道行きぶりが到る処に顔を出す事になつたのである。
だが今一方に、発想法の上から来る理由がある。其は、古代の律文が予め計画を以て発想せられるのでなく、行き当りばつたりに語をつけて、ある長さの文章をはこぶうちに、気分が統一し、主題に到着すると言つた態度のものばかりであつた事から起る。目のあたりにあるものは、或感覚に触れるものからまづ語を起して、決して予期を以てする表現ではなかつたのである。
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神風の 伊勢の海の大石《オヒシ》に 這ひ廻《モトホ》ろふ細螺《シタダミ》の い這《ハ》ひ廻《モトホ》り、伐ちてしやまむ(神武天皇――記)
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主題の「伐ちてしやまむ」に達する為に、修辞効果を予想して、細螺《シタヾミ》の様を序歌にしたのではなく、伊勢の海を言ひ、海岸の巌を言ふ中に「はひ廻《モトホ》ろふ」と言ふ、主題に接近した文句に逢着した処から、急転直下して「いはひもとほる」動作を自分等の中に見出して、そこから「伐ちてし止まむ」に到着したのである。
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みつみつし久米の子等が 粟生《アハフ》には韮《カミラ》ひと茎《モト》。其根《ソネ》がもと 其根芽《ソネメ》つなぎて、伐ちてしやまむ(神武天皇――記)
みつみつし久米の子等が 垣下に植ゑし薑《ハジカミ》。口ひゞく 我は忘れじ。伐ちてしやまむ(同)
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此歌なども、久米部の民の家の矚目を順々に、粟原《アハフ》を言ひ、粟原に雑る韮《カミラ》の茎を見て、段々気分が纏つて来た際に、韮の根から、其を欲する心を述べ――其根《ソネ》が幹《モト》でなく、其根がも[#「がも」に傍線]と言ふ所有の願望を示す「がも」である――根を掘る様を言ふ時既に、主題は完成して、「其根芽《ソネメ》つなぎて」と根柢から引き抜く事の意より、其一党悉くを思ひ浮べ、直に「伐ちてしやまむ」と結着させたのである。第二首は説明が済んでゐるが、尚言へば、垣のもとの山椒の一種から「脣ひゞく」を聯想し、印象深く残つた一念を思ひ浮べて、其報復を欲する意を言ふ処に落ちついたのである。
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……群鳥の わが群れ行《イ》なば 引け鳥の 我が牽け行《イ》なば、哭かじとは 汝は云ふとも、山門《ヤマト》の一本薄《ヒトモトスヽキ》 頸《ウナ》傾《カブ》し 汝が哭かさまく、朝雨の さ霧に彷彿《タタ》むぞ。……(八千矛神――記)
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群鳥のわたるを仰いで、群れ行かうとする事を言ひ、其間に次の発想が考へ浮ばないから、ゆとりを持つ為に、対句として引け鳥を据ゑて、誘ひ立てられて、行かうとする事を述べ、やつと別れた後の女の悲しみに想到して、気強く寂しさに堪へようと云ふ女に反省させる様な心持ちを続けて来てゐる。そして目前の山門《ヤマト》の薄の穂のあり様を半分叙述するかしない中に、うなだれて泣く別後の女の様を考へ、それから其穂を垂らす朝雨に注意が移つて、其細かな粒の霧となつて立ち亘つて居る状を言ひ進める中に、立つと言ふ語《ことば》から転じて幻の浮ぶと言ふ意のたつ[#「たつ」に傍点]に結びつけたのである。此などは、予期から出た技巧として見ると、なか/\容易に出来さうではないが、尻とり文句風に言うて居る中に、段々纏つて行つたものである。
此は一つには、時代として即興的にかけあひ文句[#「かけあひ文句」に傍線]を番《つが》へ争ふ歌垣などがあつて、さうした習練が積まれた事も、かうした発想法の自由さを助ける様になつて居たのである。併し此おほくにぬし[#「おほくにぬし」に傍線]の歌の様なのは、口頭の修正の重り加つたものと思はれる程、表現の的確な物である。山門《ヤマト》の薄一本にかゝる朝雨を捉へて居る処も、客観描写の進んだ時代の物とすれば、不思議はない。修辞法の効果なども印象的に来るのは、「粟原の韮《カミラ》」や「垣下の薑《ハジカミ》」などの印象の淡い空虚な序歌となつて居るのと比べれば、そこに時代の進んで居ることが見える。神武記の物よりおほくにぬし[#「おほくにぬし」に傍線]の情詩の方が、新しい事は推せられる。更に時代の降つた応神紀の歌が、発想法から見れば、又却つて古い時代の物だと言ふ事を見せて居るのは、をかしい。
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いざ吾君《アギ》。野《ヌ》に蒜《ヒル》つみに 蒜つみに 我が行く道に、香ぐはし花橘。下枝《シヅエ》らは人みな取り、秀枝《ホツエ》は鳥|棲《ヰ》枯し みつ
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