かかり、正中上方一線の霞の下に円日あり、下に海中島ある構図である。当麻の物では、外陣左辺十三段のはじめにある。即、西方に沈もうとする日を、観じている所なのだ。浄土を観念するには、この日想観が、緊密妥当な方法であると考えたのが、中世念仏の徒の信仰であった。観無量寿経に、「汝及び衆生|応《まさ》に心を専らにし、念を一処に繋けて、西方を想ふべし。云はく、何が想をなすや。凡想をなすとは、一切の衆生、生盲に非るよりは、目有る徒、皆日没を見よ。当に想念を起し、正坐し西に向ひて、日を諦《あき》らかに観じ、心を堅く住せしめ、想を専らにして移らざれ。日の歿《ぼつ》せむとするや、形、鼓を懸けたる如きを見るべし。既に見|已《を》へば目を閉開するも、皆明了ならしめよ。是を日想となし、名づけて、初観といふ。」そうして水想観・宝地観・宝樹観・宝池観・宝楼観と言う風に続くのである。ところが、此初観に先行している画面に、序分義化前縁の段がある。王舎城耆闍崛山に、仏|大比丘《おおびく》衆一千二百五十人及び許多《あまた》の聖衆と共に住んだ様を図したものである。右辺左辺と、位置を別にしているが、順序として、定善義第一日想観
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