言へば、よほど易い路へ逃げこんだやうな氣が、今におきしてゐる。ところが、亡くなつた森田武彦君といふ人の奬めで、俄かに情熱らしいものが出て來て、年の暮れに箱根、年あけて伊豆大仁などに籠つて書いたのが、大部分であつた。はじめは、此書き物の脇役になる滋賀津彦に絡んだ部分が、日本の「死者の書」見たやうなところがあるので、これへ、聯想を誘ふ爲に、「穆天子傳」の一部を書き出しに添へて出した。さうして表題を少しひねつてつけて見た。かうすると、倭・漢・洋の死者の書の趣きが重つて來る樣で、自分だけには、氣がよかつたのである。
さうする事が亦、何とも知れぬかの昔の人の夢を私に見せた古い故人の爲の罪障消滅の營みにもあたり、供養にもなるといふ樣な氣がしてゐたのである。書いてゐる内の相當な時間、その間に一つも、心に浮ばなんだ事で、出來上つて後、段々あり/\と思ひ出されて來た色々の事。まるで、精神分析に關聯した事のやうでもあるが、潛在した知識を扱ふのだから、其とは別だらう。が元々、覺めてゐて、こんな白日夢を濫書するのは、ある感情が潛在してゐるからだ、と言はれゝば、相當病心理研究の材料になるかもしれぬ。が、私のする
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