オヤガミ》には御孫《ミマ》の御子だと考へられた。さうした伝へが村々に伝へられて居る中に、色々に変化して行つた。旅の疲れで死んだとも言ふ。村の創立後遥かの後の事実で、村の大家のある代の主人に拾はれて、其家に今の様な富みを与へて後、棄てられたとも言うてゐる。此若い男御子が、処女神に替つて居る処もあつた。平野で止つた村には、野に適《フサ》はしい変化が伴ひ、山の盆地に国を構へた地方では、山の臭ひをこめた物語に変つて行つた。常世の若神を懐き守りした娘の話が、山国に限つては、きつと忘れられなかつたばかりでない。言ひ合した様に、殆ど永久と言ふ程生きてゐた姥御前《ウバゴゼ》の白髪姿に変つて居た。此だけが、海の村と山の村との、生活様式から来た信仰の変化を語るものである。
常世の国からは、ゆくりなく流れ寄る若神の外に、毎年きまつて来る神及び其一行があつた。初めは初春だけ、後に至る程臨時の訪れの数が増した。其来臨の稀なるが故に、此をまれびと[#「まれびと」に傍線]と称へてゐた。此神の一行こそ、わりこんで村を占めた、其土地の先住者なる精霊たちの悩まし・嫉みから、村を救うてくれる唯一の救ひ主であつた。
此常世神の一行が、春毎の遠世浪《トコヨナミ》に揺られて、村々に訪れて、村を囲む庶物の精霊を圧へ、村の平安の誓約《ウケヒ》をさせて行つた記憶が、山国に移ると変つて来た。常世神に圧へ鎮められる精霊は、多くは、野の精霊《スダマ》・山の精霊《コダマ》であつた。其代表者として山の精霊が考へられ、後に、山の神と称せられた。山の神と常世神とが行き値うての争ひや誓ひの神事演劇《ワザヲギ》が初春毎に行はれた。村の守り神が其時する事は、呪言を唱へることであり、村の土地・家々の屋敷を踏み鎮めることであつた。さうしてわざをぎ[#「わざをぎ」に傍線]をするのが、劫初から恐らく罔極の後へかけて行はれるものとの予期で、繰り返された村の春の年中行事であつた。
青垣山にとり囲まれた平原などに、村国を構へる様になると、常世神の記憶は次第に薄れて行つて、此に替るものが亡くなつた。さうして山の神が次第に尊ばれて来て、常世神の性格が授けられて来る。常世及び其神の純な部分からは、高天原並びに其処に住む天つ神の考へが出て来た。村人と交渉深い春の初めの祝福と土地鎮め、村君・国主の健康を寿ぐ方面の為事は、山の神が替つてすることになつた。つまり
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