の発見した詩は、若干の新しい思想と、或は生活と、これに適当した古語表現とが行き合つた所に出たのである。まことに藤村以前の詩は、抽象的に考へれば、古典的であつた筈だが、実際は平俗な近代の演歌調の詞曲に成り上らうとしてゐたに過ぎなかつた。藤村の古語表現には、柳田国男先生(当時松岡)の啓発があつて、一挙にあの境地に到達したものと観察せられるが、明治の詩であるためには、日本の古語のもつてゐる民族的な風格が必要だつたのである。近代人の摸索は、古語に観念的な内容を捉へようとしたのである。其が民族文学の主題であり、一言で言へば品格であつた。柳田先生の与へた影響は、かく仄かなものとして過ぎたが、さう言へば、内容にも影響を見る事が出来る。「実をとりて胸にあつれば新なり。流離の憂ひ。海の日の沈むを見れば、たぎり落つ。異郷の涙」と言つた藤村の「椰子の実」は、柳田先生の与へた最強い暗示から出てゐる。藤村の事業は、古語が含んでゐる憂ひと、近代人の持つ感覚とを以て、まづ文体を形づくつたのである。さうした処に、思想ある形式が完成した。詩の品格は、そこに現れた。われ/\は此品格を藤村にはじめて現れたものと見てゐる。外山正一さん以来、誰の詩にもそれを求める事が出来なかつた。何よりも、その詩の音調の卑俗な事は、たとひ新体詩史をどんなに激賞しても、中西梅花・宮崎湖処子を尊敬させはしないのである。北村透谷に於てすら殆ど無思想を感じるのは、思想的内容を積む事の出来ない近代語を並列して居つたからである。近代語・現在語を以て思想表現をすることが、真の目的と考へられたことであらうか。それは今すら殆ど実現出来てゐないことなのだから、まして此時代の人々に負はせてよい責任ではない。古語表現から言へば、落合直文門下の塩井・大町・武島の方々もあるが、これは思想をこそ望むべきが古語だといふ事を思はず、中世の語の滑らかさに溺れてしまつたので、藤村が持つてゐる若干の生の思想にすら到達する事も出来なかつた。いさゝかの手違ひのために、思想を持ちながら古語表現の完全に出来なかつた先輩がある。北村透谷でなくて、却つて湯浅半月氏であつた。詩篇や讃美歌の持つてゐる思想から、もつと宗教的な内容を持つたものへの企てが、半月さんの作物には沢山残つてゐる。半月さんの場合にも悔まれる事は、詩語の選択を誤つた事である。思想的内容の極めて乏しい平安朝語を基礎とした文体によつて、彼の宗教をゑがかうとした。私の未生以前明治十八年、「十二の石塚」を公表した人である。あれだけの内容を持ちながら、形式の、それに裏切る詩を作ることに止らせた。それに、当時の伝道文学者がさうであつた様に――和歌に於ける池袋清風も同様――日本語を以て、西洋の、殊に信仰生活を、日本化して表さうとした矛盾が、半月集の持つた筈の品格を失はしてゐるのだ。

西洋古代の宗教文学に関する語彙は、三十年代になつても、繰り返された。それが後には「花詞」と選ぶ事のない程安易な物になつたが。明治三十二年以後著しい短歌改革運動を行つた新詩社の人々の、短歌に収容した詩語は、矢張りぎりしや[#「ぎりしや」に傍点]・ろうま[#「ろうま」に傍点]或はきりすと[#「きりすと」に傍点]教の神話信仰に関した美しい詞《ことば》であつた。それを久しく用ゐて、多くの神話に現れる星や、愛を表現する花々を繰り返した結果、新詩社一派を星菫派と世間では言ふやうになつた位である。ある方面から見れば、新詩社の新派短歌は新体詩運動が短歌に形を変へて現れたものと見るべきである。だから此所にも、新体詩の改革運動のやうに、平俗な思想を避けようとしながら、完成せぬ表現から、さう言ふ安易な作物が多く出て来た。さうして曲りなりにも思想らしいものゝ出て来たのは、鉄幹・晶子両氏が、古典研究を本気になつて始めてからの事である。最初から新詩社に対抗してゐた正岡子規すらも、ぎりしや[#「ぎりしや」に傍点]・ろうま[#「ろうま」に傍点]の神話文学の影響を詩に取り入れようとした。唯それを日本的に表現しようとしたが、単なる直訳らしく見えるものを避けようとしてゐる。而も短歌にすら其があつた。名高い「佐保神の別れ悲しも。来む春に ふたゝび逢はむ我ならなくに」、日本神話の立田媛・佐保媛、その春の女神なる佐保媛を指すものとして古典的に感ぜられて来てゐるが、それはさういふ風に、子規の全作物を整頓しての考へで、彼の詩を照し合せて見ると、矢張りみゆうず[#「みゆうず」に傍点]や※[#濁点付き平仮名う、1−4−84]いなす[#「※[#濁点付き平仮名う、1−4−84]いなす」に傍点]をさういふ風に言ひ表しただけであつた。
明治十年・二十年代に安定の出来なかつた新体詩の様式に対する感覚は、三十年に入ると同時に、ほゞ到達点を見る事が出来た。それは空想に
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