み》なども、飛鳥の都では、次第に家作りを拡げて行って、石城《しき》なども高く、幾重にもとり廻して、凡永久の館作りをした。其とおなじ様な気持ちから、どの氏でも、大なり小なり、そうした石城づくりの屋敷を構えるようになって行った。
蘇我臣|一流《ひとなが》れで最栄えた島の大臣家《おとどけ》の亡びた時分から、石城の構えは禁《と》められ出した。
この国のはじまり、天から授けられたと言う、宮廷に伝わる神の御詞《みことば》に背く者は、今もなかった。が、書いた物の力は、其が、どのように由緒のあるものでも、其ほどの威力を感じるに到らぬ時代が、まだ続いて居た。
其飛鳥の都も、高天原広野姫尊様《たかまのはらひろぬひめのみことさま》の思召《おぼしめ》しで、其から一里北の藤井|个《が》原に遷され、藤原の都と名を替えて、新しい唐様《もろこしよう》の端正《きらきら》しさを尽した宮殿が、建ち並ぶ様になった。近い飛鳥から、新渡来《いまき》の高麗馬《こま》に跨《またが》って、馬上で通う風流士《たわれお》もあるにはあったが、多くはやはり、鷺栖《さぎす》の阪の北、香具山の麓《ふもと》から西へ、新しく地割りせられた京城《けいじ
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