。一《いっ》ぱし白みかかって来た東は、更にほの暗い明《あ》け昏《ぐ》れの寂けさに返った。
南家《なんけ》の郎女《いらつめ》は、一茎の草のそよぎでも聴き取れる暁凪《あかつきな》ぎを、自身|擾《みだ》すことをすまいと言う風に、見じろきすらもせずに居る。
夜《よる》の間《ま》よりも暗くなった廬《いおり》の中では、明王像の立ち処《ど》さえ見定められぬばかりになって居る。
何処からか吹きこんだ朝山|颪《おろし》に、御灯《みあかし》が消えたのである。当麻語部《たぎまかたり》の姥《うば》も、薄闇に蹲《うずくま》って居るのであろう。姫は再、この老女の事を忘れていた。
ただ一刻ばかり前、這入《はい》りの戸を揺った物音があった。一度 二度 三度。更に数度。音は次第に激しくなって行った。枢《とぼそ》がまるで、おしちぎられでもするかと思うほど、音に力のこもって来た時、ちょうど、鶏が鳴いた。其きりぴったり、戸にあたる者もなくなった。
新しい物語が、一切、語部の口にのぼらぬ世が来ていた。けれども、頑《かたくな》な当麻氏の語部の古姥の為に、我々は今一度、去年以来の物語りをしておいても、よいであろう。まことに其は、
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