石のように、老女はじっとして居る。冷えた夜も、朝影を感じる頃になると、幾らか温みがさして来る。
万法蔵院は、村からは遠く、山によって立って居た。暁早い鶏の声も、聞えぬ。もう梢を離れるらしい塒鳥《ねぐらどり》が、近い端山《はやま》の木群《こむら》で、羽振《はぶ》きの音を立て初めている。
五
[#ここから1字下げ]
おれは活《い》きた。
[#ここで字下げ終わり]
闇《くら》い空間は、明りのようなものを漂していた。併し其は、蒼黒い靄《もや》の如く、たなびくものであった。
巌ばかりであった。壁も、牀《とこ》も、梁《はり》も、巌であった。自身のからだすらが、既に、巌になって居たのだ。
屋根が壁であった。壁が牀であった。巌ばかり――。触っても触っても、巌ばかりである。手を伸すと、更に堅い巌が、掌に触れた。脚をひろげると、もっと広い磐石《ばんじゃく》の面《おもて》が、感じられた。
纔《わず》かにさす薄光りも、黒い巌石が皆吸いとったように、岩窟《いわむろ》の中に見えるものはなかった。唯けはい[#「けはい」に傍点]――彼の人の探り歩くらしい空気の微動があった。
[#ここから1字下げ]
思い出し
前へ
次へ
全159ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング