[#ここで字下げ終わり]
当麻語部媼《たぎまのかたりのおむな》は、南家の郎女の脅える様を想像しながら、物語って居たのかも知れぬ。唯さえ、この深夜、場所も場所である。如何に止めどなくなるのが、「ひとり語り」の癖とは言え、語部の古婆《ふるばば》の心は、自身も思わぬ意地くね悪さを蔵しているものである。此が、神さびた職を寂しく守って居る者の優越感を、充すことにも、なるのであった。
大貴族の郎女は、人の語を疑うことは教えられて居なかった。それに、信じなければならぬもの、とせられて居た語部の物語りである。詞《ことば》の端々までも、真実を感じて、聴いて居る。
言うとおり、昔びとの宿執が、こうして自分を導いて来たことは、まことに違いないであろう。其にしても、ついしか[#「ついしか」に傍点]見ぬお姿――尊い御仏と申すような相好が、其お方とは思われぬ。春秋の彼岸中日、入り方の光り輝く雲の上に、まざまざと見たお姿。此|日本《やまと》の国の人とは思われぬ。だが、自分のまだ知らぬこの国の男子《おのこご》たちには、ああ言う方もあるのか知らぬ。金色の鬢《びん》、金色の髪の豊かに垂れかかる片肌は、白々と袒《ぬ》い
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