都は離れ、飛鳥の都の再栄えたその頃、あやまちもあやまち。日のみ子に弓引くたくみ、恐しや、企てをなされると言う噂が、立ちました。
高天原広野姫尊《たかまのはらひろぬひめのみこと》、おん怒りをお発しになりまして、とうとう池上の堤に引き出して、お討たせになりました。
其お方がお死にの際《きわ》に、深く深く思いこまれた一人のお人がおざりまする。耳面ノ刀自と申す、大織冠《たいしょくかん》のお娘御でおざります。前から深くお思いになって居た、と云うでもありません。唯、此|郎女《いらつめ》も、大津の宮離れの時に、都へ呼び返されて、寂しい暮しを続けて居られました。等しく大津の宮に愛着をお持ち遊した右の御方が、愈々《いよいよ》、磐余《いわれ》の池の草の上で、お命召されると言うことを聞いて、一目 見てなごり惜しみがしたくて、こらえられなくなりました。藤原から池上まで、おひろいでお出でになりました。小高い柴《しば》の一むらある中から、御様子を窺《うかご》うて帰ろうとなされました。其時ちらりと、かのお人の、最期に近いお目に止りました。其ひと目が、此世に残る執心となったのでおざりまする。
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