姿を、心に覓《と》めて描き顕したばかりであった。
刀自《とじ》・若人たちは、一刻一刻、時の移るのも知らず、身ゆるぎもせずに、姫の前に開かれて来る光りの霞に、唯見呆けて居るばかりであった。
郎女が、筆をおいて、にこやかな笑《えま》いを、円《まろ》く跪坐《ついい》る此人々の背におとしながら、のどかに併し、音もなく、山田の廬堂を立ち去った刹那、心づく者は一人もなかったのである。まして、戸口に消える際《きわ》に、ふりかえった姫の輝くような頬のうえに、細く伝うもののあったのを知る者の、ある訣《わけ》はなかった。
姫の俤びとに貸す為の衣に描いた絵様《えよう》は、そのまま曼陀羅《まんだら》の相《すがた》を具えて居たにしても、姫はその中に、唯一人の色身の幻を描いたに過ぎなかった。併し、残された刀自・若人たちの、うち瞻《まも》る画面には、見る見る、数千地涌《すせんじゆ》の菩薩《ぼさつ》の姿が、浮き出て来た。其は、幾人の人々が、同時に見た、白日夢のたぐいかも知れぬ。
底本:「昭和文学全集 第4巻」小学館
1989(平成元)年4月1日初版第1刷発行
底本の親本:「折口信夫全集 第24巻」中央公論
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