えた。大昔から、暦は聖《ひじり》の与《あずか》る道と考えて来た。其で、男女は唯、長老の言うがままに、時の来又去った事を教わって、村や、家の行事を進めて行くばかりであった。だから、教えぬに日月を語ることは、極めて聡《さと》い人の事として居た頃である。愈々《いよいよ》魂をとり戻されたのか、と瞻《まも》りながら、はらはらして居る乳母《おも》であった。唯、郎女《いらつめ》は復《また》、秋分の日の近づいて来て居ることを、心にと言うよりは、身の内に、そくそくと感じ初めて居たのである。蓮は、池のも、田居のも、極度に長《た》けて、莟《つぼみ》の大きくふくらんだのも、見え出した。婢女《めやっこ》は、今が刈りしおだ、と教えたので、若人たちは、皆手も足も泥にして、又田に立ち暮す日が続いた。
十七
彼岸中日 秋分の夕。朝曇り後晴れて、海のように深碧《ふかみどり》に凪《な》いだ空に、昼過ぎて、白い雲が頻《しき》りにちぎれちぎれに飛んだ。其が門渡《とわた》る船と見えている内に、暴風《あらし》である。空は愈々《いよいよ》青澄み、昏《くら》くなる頃には、藍《あい》の様に色濃くなって行った。見あげる山の端は、
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