・半月になった。山も、野も、春のけしきが整うて居た。野茨《のいばら》の花のようだった小桜が散り過ぎて、其に次ぐ山桜が、谷から峰かけて、断続しながら咲いているのも見える。麦原《むぎふ》は、驚くばかり伸び、里人の野|為事《しごと》に出た姿が、終日、そのあたりに動いている。
都から来た人たちの中、何時までこの山陰に、春を起き臥すことか、と侘《わ》びる者が殖えて行った。廬堂《いおりどう》の近くに掘り立てた板屋に、こう長びくとは思わなかったし、まだどれだけ続くかも知れぬ此生活に、家ある者は、妻子に会うことばかりを考えた。親に養われる者は、家の父母の外にも、隠れた恋人を思う心が、切々として来るのである。女たちは、こうした場合にも、平気に近い感情で居られる長い暮しの習しに馴れて、何かと為事を考えてはして居る。女方の小屋は、男のとは別に、もっと廬に接して建てられて居た。
身狭乳母《むさのちおも》の思いやりから、男たちの多くは、唯さえ小人数な奈良の御館《みたち》の番に行け、と言って還《かえ》され、長老《おとな》一人の外は、唯|雑用《ぞうよう》をする童と、奴隷《やっこ》位しか残らなかった。
乳母《おも》や
前へ
次へ
全159ページ中125ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング