のだ。
そうして、なお深い闇。ぽっちりと目をあいて見廻す瞳に、まず圧《あっ》しかかる黒い巌《いわお》の天井を意識した。次いで、氷になった岩牀《いわどこ》。両脇に垂れさがる荒石の壁。したしたと、岩伝う雫《しずく》の音。
時がたった――。眠りの深さが、はじめて頭に浮んで来る。長い眠りであった。けれども亦、浅い夢ばかりを見続けて居た気がする。うつらうつら思っていた考えが、現実に繋《つなが》って、ありありと、目に沁《し》みついているようである。
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ああ耳面刀自《みみものとじ》。
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甦《よみがえ》った語が、彼の人の記憶を、更に弾力あるものに、響き返した。
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耳面刀自。おれはまだお前を……思うている。おれはきのう、ここに来たのではない。それも、おとといや、其さきの日に、ここに眠りこけたのでは、決してないのだ。おれは、もっともっと長く寝て居た。でも、おれはまだ、お前を思い続けて居たぞ。耳面刀自。ここに来る前から……ここに寝ても、……其から覚めた今まで、一続きに、一つ事を考えつめて居るのだ。
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